疑問

「おい、そんなに怒ることないだろ。たまにイレギュラーなことが起こるとすぐこうなるから嫌なんだよ」


二人きりになったリビングルームで、宗一郎は静かに声を荒げた。宗一郎は可奈子のことを非常によく理解している。だからこそ、可奈子が小さなことですぐイライラすることに対しても、改善してほしいとも思わず諦めている。


「にしても、なんでいつもより車に戻ってくるのが10分も遅いの?いつもより遅くなる、の一言くらい、私の携帯に連絡できなかった?」

「…できなかったんだよ、そういう空気じゃなくて」

「そういう空気って何?離婚話でもあるまいし」

「大体お前もいるべきだったのに。そのことについても話したいんだけど――」

「もう今日は無理。忙しいから今度にして」


早く布団を取り込まないと、せっかく日に干して温かくなった布団が冷めてしまう。宗一郎はそんなことも想像できないから、音楽なんてかけながら悠長に墓地から帰宅できてしまうのだ。こっちの気も知らないで!


可奈子が足音をドスドス鳴らしながら家の中を行ったり来たりしているのを横目に、宗一郎は今日亜紀の口から語られたことを反芻はんすうしていた。亜紀はどういう気持ちで自分にを告白してくれたのだろうか?喜ばしいことだったのに、彼女の顔は罪悪感に満ち溢れていた。同時に、彼女を見守る夫、守の顔にもどこか晴れない表情がこびりついていた。あの場で語られたこと以外に、何か隠していることがまだあるのではないか?


――ともかく、可奈子の機嫌が直ったら時間をとって話さないと。


そう頭を悩ませていると、ポケットに入れたままのスマホが振動した。ディスプレイを確認すると、『広石ひろいし守』の名前が表示されていた。


――宗一郎さん、先ほどはありがとうございました。姉ちゃんが、また変に怒ってたらすみません。これからは遅くなる時は俺から連絡しますね。それで本題なんですけど、について俺から亜紀がいないところで話したいことがあるんですけど、お時間とっていただけますか?


先ほどのこと、というのは、亜紀が墓地で告白した内容だ。守にも何か言いたいことがあるという宗一郎の勘は当たっていた。宗一郎はすぐに返信の文章を作成する。


――お疲れ様。俺なら時間はたくさんあるから大丈夫だよ。今守くんが一人なら、電話とかで話せるけど――


「宗一さーん?買い物行くから先に車乗っててよ。あなたも冬服で買いたいものあるなら考えておいてね」


まさに今送信ボタンを押下する――といったところで、可奈子の声が隣の部屋から響いた。どうやら自分に時間はないらしい。仕方なく守へのメッセージを編集する。


――今日の夜はどう?もし亜紀さんが近くにいるなら、チャットベースで会話するでもいいし。夜10時までの時間なら俺はいつでも大丈夫だよ。ただ、用事ができたら早く可奈子に伝えないとまた不機嫌になるから、時間が決まったら早めに教えてほしいな。


1日に2回可奈子の機嫌を損ねると、後々かなりめんどくさいことになる。守にも一応釘を刺し、車の鍵を握りしめ再度駐車場へと向かった。

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