墓地

「やっぱこの時期は壮観だね。あ、亜紀さん、お線香とロウソクのセット持ってきてくれる?」


黄色の絨毯じゅうたんが一面に敷かれた墓地の駐車場に車を停め、四人は車を降りた。数々の銀杏ぎんなんがタイヤにかれ、案の定凄まじい匂いを放っている。可奈子は思わず息を止めた。


「わかりました。まるくんは水お願いね」

「わかった。先行ってていいよ」


亜紀は出会ったときから夫である守を『まるくん』と呼んでいる。可奈子の親世代だと、妻は夫を苗字もしくは名前プラスさん付けで呼ぶことが多かったが、亜紀の世代はどうやら違うらしい。ちなみに可奈子は『宗くん』なんて可愛く呼んでいるわけもなく、親世代とほぼ同様に『宗一さん』と呼んでいる。


「宗一さん、私ちょっと先に行くね。匂いがちょっと…」


そうつぶやくと、可奈子は足早に駐車場を抜け、栄太の墓石へと歩みを進めた。


―――――――――


「江角!…おーい江角、何やってる?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと知り合いに手紙を書いていて集中してました」

「へえ、やっぱり江角もそっち側の人間か。まったくどいつもこいつも急に手紙なんて趣味始めて…昔のことを懐かしむより、前向いていけってお偉いさん達も言ってんじゃないか」

「趣味というか…そういう太田さんは羨ましいんでしょ、手紙書く相手がいることが」

「……」


―――――――――


「私、ちょっと先に戻ってるね」


栄太の墓参りは常に5分前後で終わらせると決めている。墓参りにしてはかなり早い方だが、それ以上栄太の墓と向き合うと、『お前の甥は死んだ、お前の甥は死んだ、お前の甥は死んだ…』という幻聴が四方八方から聞こえてくるからだ。可奈子自身は既に栄太の死を受け入れていると思っているが、実はそうではないことをこの幻聴が証明している。


墓地と駐車場を繋ぐ石段を降り、銀杏の強烈な匂いが鼻をかすめ我に返る。


――ああ、幻聴がやっと消えた。


銀杏は嫌いだが、こうして幻聴を取り去る役目を担ってくれるので、その点だけは感謝している。実際銀杏が実らない春、夏、冬は、車に乗り込むまで忌まわしい声が消えないこともしばしばあるが、そういう時は、普段役に立たない宗一郎のプレイリストが、それらの払拭に一役買ってくれる。


じんわりと額に浮かんだ嫌な汗をそっと拭き、自動販売機で天然水を1本買ってから、宗一郎から受け取った車のキーでドアを開け助手席に座り込む。ふう、と一息ついてから、先ほど買った水をぐい、と喉に流し込む。


これが、栄太の墓参りのルーティーンだった。


――――――――――


――遅い……。


いつもであれば、可奈子が車に乗り込んでから10分前後で残りの3人が戻ってくるはずなのに、もう20分は経っている。


――今日はこれから干していた布団を取り込み、冬用の靴下とタイツを買いに行く予定なのに。予定の急な変更は困るんだけど。


可奈子は几帳面な性格ゆえ、少しの時間のずれも許さない。いつもであれば墓参りにかかる一連の行動は3時間前後で終わるのに、このままでは3時間をゆうに超えてしまう。もう我慢できない、と宗一郎に電話をかける直前で、車のフロントガラスの向こうに3人の姿が見えた。


「人のこと待たせてるんだから走ってくるくらいしないの…?」


小さく言葉を漏らし、乱暴にシートベルトを締める。可奈子は怒りに呑まれ、遠くに見える亜紀の微細びさいな変化に気づくことができなかった。

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