車内

まもる亜紀あきさん、お邪魔します」


弟の嫁、亜紀が小さくお辞儀をする。彼女がお辞儀をすると、元々小柄な体がさらに縮んだように見える。

もう何度訪れたかわからない弟夫婦の家。玄関の右壁には、栄太が幼稚園で描いた絵が飾られている。


「姉ちゃんありがとう。宗一郎さんも毎年ありがとうございます」

「守くんお久しぶり。亜紀さんも元気そうでよかったよ。支度はできてる?じゃあ行こうか」


可奈子たち夫婦と弟夫婦は栄太が亡くなってから、こうして定期的に一緒に墓参りに行っている。もっとも、弟夫婦の方が親なので可奈子たちより栄太に会いに行く頻度は高いのだが。


栄太は弟夫婦宅から車で40分前後の場所にある寺に眠っている。秋のこの時期は紅葉が美しい反面、銀杏が地面に落ち踏まれて、物凄い匂いを放っている場所でもある。宗一郎と弟夫婦は銀杏の独特な匂いがまったく気にならないらしいが、可奈子自身は栄太と同じくらいの歳の頃からこの匂いが苦手なため、あまり乗り気にはなれないが、栄太に会いに行くためならそんな匂いもなんのそのだ。


4人で墓参りに行くときの運転はいつも夫だ。助手席には可奈子が座り、後部座席には弟夫婦が乗り込む。常に車内に会話はなく、夫はいつも好きなアメージンググレースのエルヴィス・プレスリーカバーをかける。


♪Amazing grace oh how sweet the sound

That saved a wretch like me

アメージンググレース なんと美しい響きなのだろう

私のような愚かな者までも救ってくださった


黄色、赤、緑、様々な色が混ざった街路樹が美しい。


♪I once was lost but now I'm found

Was blind but now I see

かつては自分を見失ったが 今はそうではない

かつては盲目だったが 今の私にはわかる


流れていく景色に、赤く紅葉した樹が増えてくる。


信号が赤になり、隣同士になった車にいる栄太ほどの歳の子どもと目が合う。こちらが微笑んでも、向こうから笑顔は向けられない。自分の身内以外の人間に向けては表情をコロコロ変えることはない、子どもとはそういうものだ。


「最近は守くんたちは旅行とかしてるの?ハイキングで紅葉を見に行ったりさ」


好きな曲を聴いて気分が良くなったのか、夫が弟に話しかける。


「あー、俺は行かないんですけど、亜紀はたまに行ってます」

「亜紀さんが?へえ、意外だね。一人で行くの?」

「いえ…友人が誘ってくれるので、たまに…」

「亜紀は俺と違って交友関係広いし、アクティブなんで」


可奈子は亜紀の静かな面しか見たことがなかったので、友人が多く、またアクティブだという事実には少し驚いた。常に少し猫背で、肩をすぼめて生活しているように見えていたが、本来はもっと明るい人ということか。


だとすれば、なぜその姿を可奈子たちには見せないのか。

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