子ども

栄太は、可奈子の弟夫婦の息子。つまり可奈子の甥だった。


可奈子は正義感が強く、また完璧主義な側面もあった。それこそ、外出予定時刻の30分前にはやるべきことがすべて終わり、余裕を持って手紙を読む時間がとれるほど、だ。

だからこそ教師という職業を自身の信念をもってやり遂げられたのだが、同時に完璧主義であることは可奈子に多大なストレスを与えた。そしてその積もり積もったストレスは、可奈子の精神面をもむしばんでいった。

以上の理由で可奈子は宗一郎と結婚した時点で既に不妊気味になっており、彼との間に子どもが見込めなかった。


そのため、可奈子は甥の栄太を溶けるほど溺愛した。

弟夫婦の新居を訪問し、初めて3000グラムの命を腕に抱いた時の感触は決して忘れない。その小さな小さな指で、真っ赤なネイルが施された可奈子の小指を優しく掴んだ瞬間に自分に芽生えた優しい気持ちを、可奈子は一生忘れない。


栄太が泣いていれば時間が許す限り楽しいことをして、喜怒哀楽の哀を楽で塗り替えた。栄太が笑ってくれれば可奈子はそれで充分だった。


また可奈子はその仕事柄、はたまた彼女の性格柄、知育玩具や簡単な英語のドリルなども、親である実弟じってい以上に買い与えた。教育者として、これからこの世界を生き抜く一人の人間としての扱いをすることも忘れなかった。


「可奈子、今度は栄太に英語のストーリーブック買ったのか?弟君夫婦もそろそろ迷惑してるんじゃないか?」

「大丈夫。何事も絶対栄太のためになるから。


これが、栄太が生まれてから夫と交わした中で一番多い会話だった。

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