付記

1 - 秋

「ああもしもし? 里中? 秋だ、うん、その後どうかな? 秋は無事。心配してくれてありがとう。うん、そうだね。さっき、人魚の子が来たよ。この世の終わりのような顔をしていたから、少し発破をかけておいた。もうヤクザには関わらない方がいいと思うけど……判断するのは人魚の子自身だからね。秋にはなんとも言えないよ。


 ところで里中、質問したいことがあるんだけど良いかな。ああ、そう、その件だ。岩角遼の娘のびわは、リコリスを救いたい一心で』と宣言したのだと踏んでいるのだけど──どうだろうね? 彼女、目が見えないだろう。それに千里眼の使い手ってわけでもない。人魚の子がびわに同意したからこそリコリスは溺死せずに済んだのだろうけど、人魚の子からはもう瞽女迫澪は離れている。人魚の子にも何も見えてなかったはずだ。うん。現地にいなかった秋が予想できるのはこの程度なんだけど、実際、蛇は死んだのかな? 誰も水底を確かめてはいないんだろう?


 秋が思うに、聖一という蛇は1匹だけではないんじゃないかなぁ。蛇を神として祀る土地は多いし、山岳信仰の一部にも組み込まれているようなものだから、つまり──また同じこと、もしくは似たようなことが起きると秋は想像している。里中たちが相手をした聖一ではない聖一が、現れる可能性があるということだ。


 更にね、里中。これもまた秋の想像に過ぎないのだが、今回の件、いちばんの部外者は番場一族だったと思うのだよ。蛇、瞽女迫、番場の三竦みで始まったように見せかけていて、とつぎという生贄の一族が出てきただろう? 既に滅びてしまっていたから出てきたも何もない、偶然生き残りが里中の配下にいただけ……いや、でもどうかな? 偶然かな? 本当に? 本来は蛇、瞽女迫、そしてとつぎの争いだった。番場はそこに巻き込まれた善意の被害者だ。何せ瞽女迫という偽りの予知能力一族──瞽女迫澪や梅は本物だったようだけど、他の連中は番場の夢見人ユメミの能力に頼っていたみたいだし──に全面的に力を貸してやっていたのだからね。自分たちがくみしている集団が悪辣なものであると、気付いたのは人魚の子の父親が最初で最後だったんじゃないかな。彼がそういう人間だったから、人魚の子の母親も、地に上がって子を産もうと思ったのではないか……ま、すべては想像、妄想に過ぎないけれどね。


 ……リコリス? 水城純治はもういないよ。さあ。国外に出たかもしれないし、まだこの辺りをうろうろしている可能性もあるけど……毒をって毒を制すにも限界があるだろう。里中。きみたち随分面倒臭いことに手を出してしまったね。


 楽しんでいる? とんでもない。秋はいつでも顧客第一、きみたちの味方だ。とはいえあの蛇とはもう遭遇したくないから……そうだね、皆、身辺には気を付けた方がいい。ヤクザはヤクザらしく生きていればいいのに、人助けなんかするからこんなことになるんだよ? ああ、はい、分かった分かった。それじゃあ、また。生きて会える日を楽しみに。


 はーあ、面倒なことになっちゃったなぁ……ああ、何、お客さん? 今日の秋はもう閉店だよ、疲れちゃった。……一応通して。顔を見てから判断する。……やあ、ミスター人殺し。次から次へと色んな人間が現れるなぁ。ま、いいけど。さてお客様、地獄の人材派遣業へようこそ。お求めのものは大抵なんでも手に入りますし、どのような現場にもご紹介できますが、本日はどういったご用件で?」


おしまい。

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おかえり、リコリス・ラジアータ 大塚 @bnnnnnz

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