6 - 里中

「番場明日香は『瞽女迫家に能力者がいない期間のツナギとして夢見人ユメミが生まれる』って証言しとったけど──どないやねん、お父ちゃん。夢見人っちゅうのは、そう何人も同時に生まれるもんなんか」


 里中の問いに、番場恭二は答えない。何か言いたげな顔をしているが、集団の中にいる干し柿のような顔をした老婆が鋭い目で恭二を睨み付けているのだ。あれは瞽女迫の人間だろう。瞽女迫澪に能力を渡した祖母はもう亡くなったという話だが──まあ、別にどういう関係であっても構わない。それほど興味はない。


「だんまりか。まあええわ。番場明日香はな、夜見る夢の外でも未来を見とる。お陰で俺らは生きてここまで辿り着けた」

「明日香が?」


 思わずといった様子で口を開く番場恭二に、恭二っ、と干し柿が鋭い声を上げる。


「いったい、どういう」

「こっちの情報開示の前にあんたの話を先に聞かせてくれや、お父ちゃん。あんたも夢見人ユメミなんか? いったいいつから?」

「──生まれた時から、澪さんが能力を受け取られるまで、ずっと夢見人ユメミでした」


 ガサガサと音を立てて、響野が瞽女迫家系図のコピーを広げている。怯えた獣のように固まる集団の視線が、一気にそちらに向けられるのが分かった。


「なぜそんなものを」

「門外不出のはずだぞ」


 低く小さな、しかし明確な抗議と疑念を含む彼らの呟きに、


「こっちにも腕利きがいるんすわ」


 と響野は丁寧に応じる。


「澪が生まれたのが20年前として──あんたいま幾つや恭二さん」

「52です」

「半世紀近くも夢見人やっとるやつがおるんか、番場には。おい、どういうことや」


 聞いた話とあまりに違う。家系図を舐めるように見る響野が、


「恭二さん誕生の時点では澪さんの祖母に当たるウメさんという人物が予知で仕事してるってことになってます」

「梅?」

「澪さんに能力を託して亡くなったとされている人ですね。おばあちゃん」

「梅がおんのになんでおまえが夢見人ユメミやっとんねん、おかしいやろ」


 やめろ、と地を這うような声が響いた。干し柿のような老婆だった。


「ヤクザには、関係のない話。帰れ」

「それがそうもいかんのよ、干し柿ばあちゃん。瞽女迫あんたらの可愛い可愛いお孫さんがヤクザ俺らに喧嘩売ってきとるんですわ。正直めちゃくちゃ迷惑やから早よやめてほしいんやけど、やめてもらうにもこっちには手札が足りなくてな」

「孫を、黙らせれば、あんたも、引くか」


 老婆が咳き込みながら言う。サッと傍に付いた恭二が、眉を下げた心配そうな顔で老婆の背中を摩り始める。


「黙らせられるんか? あんたらに」

「……アレでも、瞽女迫の、子ども。ヤクザに任せる、よりは」

「いや無理っしょあの子は。親兄弟全員半笑いで殺してるようなやつ、あんたたちみたいな弱々しい人たちに回収できるとは思えないね、無理」


 口を挟んだのは水城だった。朗らかな声音とは裏腹に、目が笑っていなかった。


「ほんとのこと言いなよ。予知能力の一族は、瞽女迫じゃなくて番場なんでしょ?」


 広い部屋に、冷たい沈黙が満ちた。手札を切るのが早すぎる。里中は内心嘆息する。

 絶句する瞽女迫、番場一同を前に、水城は朗々と語り続ける。


「家系図を見る限り、途中までは間違いなく瞽女迫が予知、番場がその補佐を行っていたんだろうね。でも、途中から──それこそ亡くなった梅さんの親の代あたりからかな。やたらと養子を取るようになっている。力が衰えてきてるんでしょ?」

「何を根拠に」


 干し柿を介抱しつつこちらを睨む番場恭二の頬を汗が伝って落ちた。正直な男だ。こういうタイプは、人間としては嫌いではない。


「こっちにも腕利きがいるって言ったの、聞いてなかった? 瞽女迫信次のぶじさん、あなたはの出身だ。火事で亡くなった瞽女迫おさむさんも同様に」


 。耳慣れぬ響きだった。情報を寄越したのは秋だろう。喋る水城も自分の言葉にあまり納得していないような顔をしている。

 だが、、という響きは目の前の人間たちを激しく動揺させた。果樹園、果樹園だって、というざわめきはおもに番場一族の方から聞こえてくる。水城は短く息を吐き、


「そして──あまりこんなことを言いたくはないけど、瞽女迫香織かおりさん。あなたは四宮しのみやからここ、瞽女迫家に養子に入りましたね?」


 四宮しのみや

 その名が決定打になった──らしい──と里中は半ば他人事のように目の前で起きる騒動を見詰めていた。


 響野を経由して情報を寄越したのはもちろん秋だ。秋は、水城と面会をした時から、瞽女迫家が男女問わず養子を取るその時期と基準について調べていたらしい。

 、というのは既にこの世に存在しない集団だという。予知を含むいわゆる超能力を持った子どもを集めて、殺し合いをさせ、生き残ったもっとも強い能力を持つ者を『』として崇める集団だった──そうなのだが、里中は詳しい話を知らない。

 四宮しのみやは現在も存在する人間たちの総称で、基本的には女性のみがその名を名乗ることを許される。男性を必要とせず、能力を持つ女性だけで集まり、人を救ったり呪ったりする。

 それらの組織の中から養子という形で瞽女迫家に入ったのが、澪と穣の実父である信次と、義父である治、さらには亡くなった梅の義妹に当たる干し柿こと香織かおりだというのだから厄介な話だ。


「瞽女迫にはまともな予知者はいないということか」

「通りでな。通りで東京に番場を呼びたがると思ったよ!」

「梅さんだって碌に予知してなかったんじゃないの? ねえ、どうなの恭二?」

「俺も何度も……夢を見ろと要求されたことがある。だがそれは、予知の精度を上げるためなのかと……」


 瞽女迫一族に食ってかかる番場一族を眺めながら、ふと水城が口を開いた。


「そういや秋が言ってたなぁ。俺が外してる5年のあいだに、拳銃や刃物を使わないで人を殺す殺し屋がたくさん現れたって。それが果樹園や、四宮ってことなのかな……」

「俺はそっちに関しては門外漢やからなんも分からん。せやけど、殺しがどうとかは横に置いといても、どうやら瞽女迫の予知能力ってのは然程──」


 一族同士の言い争いが終わるまではやることもないとひたすらに煙草を吸い付ける水城と里中を、干し柿こと瞽女迫香織が鋭く睨んだ。


「勝手なことを言うでない! 四宮は殺し屋などではないし、わたしは望まれてこの家に入ったのだ。結果、わたしの夫であった男は予知の力を強め──」

「外部からのなんかでブーストかけたってことでしょ? 瞽女迫の力が弱っていたのは間違いないんじゃない?」

「それに、瞽女迫イヲさん……香織さんあなたの夫で梅さんのお兄さん、この方かなり早く亡くなってますね。ご結婚されて超すぐ」

「っ……!」


 響野の指摘に、和室に水を打ったような沈黙が落ちた。瞽女迫も番場も、口を噤んでこちらをじっと見詰めている。


「なん……すか?」

「なんか決定的なこと言っちゃったんじゃなーい響野くん? ちょっと俺にも見せて家系図」


 家系図を広げる響野が里中と水城のあいだに移動してきて、3人でコピー用紙を覗き込む。瞽女迫家には夭折者が異様に多い。瞽女迫梅のように『天寿を全うした』と言えるような年齢まで生きたものの方が少ない。これは、つまり。


「外部ブーストで瞽女迫の能力を強めて、強まったものを純粋な瞽女迫に渡して、その能力者は死ぬ」


 響野の呟きに、戯言を、と瞽女迫側から悲鳴のような声が上がった。


「何も知らないくせに!」

「勝手なことを言うな、去れ、去れ!」


 喧々轟々とぶつけられる文句は響野と水城に任せ、里中は家系図をじっと見詰める。


 四宮の女を娶った瞽女迫イヲは20代で死に。


 イヲの妹である瞽女迫梅は80代まで生き、予知の仕事を続け。


 梅の娘であるさや子と由依の姉妹はそれぞれ果樹園の男を婿養子として取り。

 予知の力はなく。


 由依の娘である澪にはその能力が宿り、さや子の養子となり、その後20代で死に。


 由依の息子である穣もまた似た人生を送り、10代で死に。


 瞽女迫家のこれらの予知と死人の傍には常に番場家が寄り添っており──少なくとも番場恭二は瞽女迫梅が現役の期間夢見人ユメミとして予知夢を見続けていて。また、夢を見るよう要請されたこともあるという証言も飛び出して。


 ──つまり?


「今いちばん強い力を持っとるんは誰なんや」

「明日香くん……?」

「虹原をられとる。明日香には虹原が死ぬという未来は見えても、阻止はできんかった」

「予知者ならそこまでが限界なんじゃないの? 阻止はまた別の能力を持つ人が……」

「せやな。けど、明日香の予知で俺らは死なずにここまで辿り着けた。そっちはどう説明する。運か? そんな強運の持ち主がこのメンバーの中におるか?」

「……あーんまり考えたくないけど」


 髪をくしゃくしゃとかき回し、水城が苦く笑う。


「あの、揉めてるとこすんませんなんですけど」


 瞽女迫聖一ってもしかして呪いの名前ですか。

 水城の問いに、数名の年寄りが卒倒した。

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