3 - 里中

 Q県に入るまでのあいだに、3回以上の巨大トラックの襲撃を受けた。里中の予想通り響野のクルマは大破した。2回目の襲撃の時だった。事前に連絡をしておいた、道中に点在する掃除屋たちが新しいクルマ──国産の軽自動車、年季の入った軽トラック、何が起きたのかは分からないが既に全体的にボコボコになっている普通車、など──を準備していてくれたため、事前の予想通り6時間程度でQ県内に入ることはできた。響野はほとんど作業のように運転を続けていた。「全部終わったらマジでクルマ……総カスタムっすからね……」という呟きが呪詛のように耳に届いたが、水城は後部座席で寝たふりをしていたし、里中は「分かった分かった」と呪詛返しのように呟き続けるしかなかった。全体的にボコボコになっている紺色の普通車に乗って、一行はQ県内へと突入した。


「そういえばさ」


 『ようこそZ市へ!』とQ県とQ県の入り口であるZ市のゆるキャラが出迎えてくれる看板を見上げながら、水城が不意に声を上げた。


「クソバカデカいトラック、運転手乗ってなかったねぇ」

「……せやな」

「あー俺その件触れないようにしようと思ってたのに!」


 里中と響野の声が重なる。やっぱ気付いてた、と水城が含み笑いの声で言う。

 響野の言う「映画みたいに」車体の横っ面に勢い良く突っ込んできた巨大トラックには、毎回誰も乗っていなかった。アクセルに石を乗せているとかそういった小細工をしている節もなく、ただ真っ直ぐに、クルマの進行を阻むためだけにトラックは突っ込んできた。3回目までは、番場明日香が予知して告げた交差点で事故が起きた。それ以降はもうめちゃくちゃだった。どんなに小さな交差点でも響野はまるで路上教習を受けている生徒のように慎重な運転を行い、その結果トラックの直撃だけは回避することができた。直撃しなかっただけでもクルマは壊れるので、都度都度掃除屋たちが持ってくる新しいクルマに乗り換えた。


 Q県に入ってからは、事故は起きていない。


 そういえば虹原からの連絡も途絶えている。四方を山に囲まれているQ県はどこを見ても真っ暗で、手首の時計を見遣れば21時を過ぎてはいるので夜の景色としては何も間違っていないのだが、それにしても暗すぎる。都会に慣れすぎているせいだろう。

 県内に入ってしばらく走り、ようやく見つけたコンビニでクルマを停めた。飲み物を買ってくるという響野とトイレを借りるという水城が飛び出していく背中を見送り、里中はスマートフォンを膝の上に乗せた。


 画面がブラックアウトしている。


 充電が切れたのかと思い、クルマに備え付けられていたコードとスマホを繋いでみるが、何の反応もない。すぐに戻るからと言って響野はエンジンをかけっぱなしで出て行った。

 特に新しい機種を使っているわけでもないので、急に、このタイミングで、壊れたという想像をすることもできる。


 急に、このタイミングで、Q県に入った途端──いや、その前に?


 嫌な予感に顔を上げた里中が座る助手席側の扉が、突然開いた。

 水城だった。

 身構える間もなく、横抱きにされクルマから引き摺り下ろされていた。水城の健脚がものすごい勢いでクルマを背に駐車場の隅に駆けて行く。

 次の瞬間、これまでの道中で嫌になるほど見た巨大トラックが、紺色の自動車に体当たりをしているのを水城の肩越しに見た。


「セ……セウト……!」

「たしかに」


 コンビニの駐車場でトラックと自動車がぶつかって爆発炎上する。完全にアウトな光景だった。だが、水城に助け出された一瞬だけはセーフにカウントしたい。

 コンビニの中から飛び出してきた店員と思しき若者たちが「事故!?」「警察!!」と口々に叫んでいる。警察を呼ばれる前に身代わりを用意して、この場を離れなければ。


「響野、今から言う番号にかけてくれ」

「え? 里中さん、スマホ……」

「壊れた」


 水城に抱き上げられたままの格好で、無反応になってしまったスマホを投げて渡すと、響野は「マジっすか」と顔を歪めた。


「本当に万が一のつもりで虹原さんに番号言ったのに、本当に、こんな……」

「虹原から連絡は?」

「それが何も。里中さんのスマホが駄目になってるなら、俺の方に何か来そうなものなのに」


 不穏だ。だが虹原については今は後回しとする。響野が押した11桁の先には、Q県内を取り仕切る掃除屋がいる。


「俺や」

『里中さん? 良くご無事で』

「それが全然ご無事やないねん。コンビニの駐車場でトラックに突っ込まれた。掃除頼めるか」

『仰せのままに。代車は?』

「頼む」


 ごく短い会話を終えた次の瞬間、手の中の響野のスマホが激しく震えた。知らない番号──いや、これは。


斗次とつぎ?」

『里中さん、まずいです』

「次は何や。こっちはクソバカデカトラック6台……7台にどつき回されとんねんぞ」


 スピーカーモードで通話をしていた。斗次の声は水城と響野にも届いたはずだ。

 どういう意味かと問い質すより先に、目の前に真っ赤なスポーツカーが滑り込んできた。ニットキャップを深く被り、口元には黒いマスク、灰色のセーターにデニムといった格好の20代前半と思しき女性が運転席から降りてくる。


「初めまして。木端こばです」

「里中や。おい降ろせ水城」

「おお……あ、水城です。どうも」

「響野です!」


 いつまでも横抱きにされていては格好が付かない。ようやく地面に足を付けた里中よりも、木端は少しばかり背が高かった。


「コンビニのにいちゃんたちが警察呼ぶらしい。そっちの対応も頼めるか」

「心得ました。鍵です。運転は──?」

「俺が」


 身を乗り出した響野の手の上に小さな銀色の鍵を置き、木端は長い足をすっぽりと覆うブーツの踵を鳴らしてコンビニの方へと駆け出して行った。響野、里中、そして水城は入れ違いでクルマに乗り込むと、そのまま駐車場を飛び出す。まだ斗次との会話も終わっていない。


「死んだ? 虹原が?」

『クルマの乗り換えは済みましたか?』

「ああ、木端言うたか。生き延びたらボーナス出したれ」

『畏まりました。それで、虹原ですが──』

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