第55話 婚約破棄して下さい 5
「さて、答えをお聞きしましょうか」
夕食時、ジャナと一緒に来たパレルモは、ジャナを一人返し三人を目の前にして平然と言った。
クレイは、パレルモを睨みつける。
「どういうおつもりでこんな事をしているのですか? 聖女を脅すなど」
「聖女? あなたが一番ご存じでしょうに、彼女が偽物だと。あなたこそ、手を引いた方がいい。まさか枢機卿と手を組んでいたようだが、ここまで……」
「ちょっと待て。言っている意味がわからない。まるで私が何かを企んでいるように聞こえるのですが?」
クレイの言葉に、パレルモの笑みが消え冷ややかな表情になった。
「まだそんな事を言いますか。あぁもしかして、彼女すら騙していたという事ですか」
「騙していただと? 何を言っている」
「ふう。仕方ありません。ランゼーヌ様の為にもここで明らかにしましょうか?」
ランゼーヌとリラは、目をぱちくりとして二人の言い合いを見ていた。
思っていた事態と違うのだ。なぜかクレイが責められている。
「あなたは、王座を狙っていた。枢機卿と手を組み、王宮内に侵入に成功。方法は、偽聖女をでっちあげ、呪いの箱庭を利用した。枢機卿も……」
「待って下さい! 偽聖女である事は認めますが、クレイ様は何も関係ありません!」
何やら凄い誤解をしているとランゼーヌは焦ってパレルモに言う。
「なに? そう言えと言われたのか?」
「ですから、なぜそんな勘違いを?」
『俺っちが説明してやるよ』
突然姿を現したワンちゃんに、パレルモが少し驚く表情を見せるもキッとクレイを睨みつける。
「これが例の精霊ですか? 上手くやりましたね。精霊が我々に見えるはずがない」
「はぁ……。これも私の仕業だと? 一体あなたは、私に何の恨みがあるのですか?」
「恨み? そんなものはない。ただ阻止すれと言われているのでね。どうせなら偽聖女を利用させてもらおうかと思ったまでだ」
「誰に? だいたい、その話がおかしいと思わないのですか? なぜ私が王座を狙うと?」
「本当に白々しいな。落とし胤だろう?」
「「………」」
パレルモの言葉に、しーんと静まり返る。
(この人、どんな勘違いしているのよ! って、違うわよね?)
ランゼーヌは、クレイを見た。
クレイも驚いた顔つきで、パレルモを見ている。
「わ、私が誰の子だと言うのだ」
「ふん。声が震えているぞ?」
クレイは、まさかと思っていた。父親がケンドールではないとは思っていたが、王族の者だとは露ほども思っていなかった。普通は、思うはずもないが。
『こいつ何を言っているのだ?』
ワンちゃんが声を出すと、チラッとパレルモは見た。
「で、これは一体どういうカラクリだ? ぜひ聞きたいな」
「この方は、正真正銘の精霊――」
バン!
突然、ドアが大きく開き、全員が何事かと見れば、息を切らした二人が立っていた。アルデンにイグナシオだ。
「早いお出ましで。あそこでお会いしたので、お越しになるのではないかと思っておりましたが、陛下までご一緒とは……」
少しパレルモが顔を引きつらせ、アルデンに言った。
「あなた、余計な事はまだ言ってはおりませんね?」
少し怖い表情でアルデンが言うと、パレルモがにやりとする。
「余計な事とは? 偽聖女の事ですか? それともここに侵入する手筈とか?」
はぁ……と、アルデンが大きなため息をもらす。
「言っておきますが、彼が彼女の精霊の騎士になったのは、偶然です。乗り込んで来たわけではありません」
「陛下、枢機卿と彼はグルです……」
「父上に聞いたのだろう?」
パレルモは、驚いた顔をイグナシオに向けた。
『ここまでにしましょうか、パレルモ』
「! なんだ貴様は!」
突然姿を見せたピュラーアに、パレルモは驚きつつも身構える。
『私は精霊王、ピュラーアです。なかなかの野心ですが、色々足りないようですね』
「精霊王だと……」
パレルモは、ハッとして辺りを見渡す。誰一人としてピュラーアの存在に驚いていないのだ。陛下であるイグナシオも。
嘘だとしても、ピュラーア自体の事は知っている事になる。
「陛下もご存じで……」
「だから、偶然だと言っている。父上が勘違いしているだけだ。そして、それを利用しようとしたのだろう、貴様は!」
イグナシオが、語尾を強め言うと、パレルモはビクッとした。
「その者を捕らえよ!」
イグナシオが言うと、後ろに控えていた兵士が中へと入って来る。
「お、お待ちください! 私の話を……」
「お前の事は、筒抜けだ」
冷ややかな言葉でイグナシオが言うと、パレルモは黙り込んだ。そして兵士に連れられて行った。
アルデンがぱたんと、ドアを閉める。
「何をお聞きになりましたか?」
「私が、その、王家の血筋かもしれないかもと……」
クレイが、言葉を詰まらせながら言うと、アルデンがまたため息をつく。
『彼の戯言ですよ』
「え?」
ピュラーアの言葉に、クレイが驚く。
『ですから、足りないと言ったのです。勘違いを利用した。でしょう、人間の王よ』
「……だな。これは隠している事だが、父上は患っておいでだ。……迷惑をかけた。すまなかった」
「いえ、滅相もございません。こ、こちらで対処できなく、申し訳ありません」
イグナシオの言葉に驚き、クレイは頭を下げた。
「ここでの事は、他言無用でお願いします」
「はい」
クレイは、返事を返し去って行く二人を見送る。
「ク、クレイ様。その、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。彼の言葉に驚きましたが、そんなわけありませんから」
「でもまさか、前陛下が患っておいでとは」
リラがボソッと言うと、ランゼーヌがそうねと相槌を打った。
(枢機卿と陛下が慌ててお越しになった。本当に違うのかしら? でもクレイ様がここにいるのは、偶然。それに、ピュラーア様があぁ言ったのですからそうなのよね?)
「さあ、ランゼーヌ様。冷めてしまったようですが、お食事をしたらいかがですか?」
リラがそういうも、胸がいっぱいでお腹にはいりそうもない。
「ねえ、みんなで食べない? ジャナもいない事だし」
「そ、それはちょっと……」
クレイが困り顔で言う。
「どちらにしてもクレイ様は、ちょっと口にできますものね」
いいなぁという眼差しをリラは向ける。
「私は、お茶だけ頂きます」
つまりは、リラも一緒に食べていいと言ったのだ。
クレイが毒味を終わらせると、二人は食事を始めた。
「ふう。なんというか、あんな事があったのに、落ち着いていますね」
「クレイ様。ランゼーヌ様と一緒になるのなら慣れないとダメですよ」
「げっほ、げっほ」
リラの言葉に、クレイは口に運んだお茶にむせかえる。
「もう何を言うのよ。クレイ様、大丈夫ですか?」
真っ赤になったランゼーヌが言うと、リラはうふふと笑い、クレイは大丈夫だと頷いた。
さっきまでが嘘のように、和んだディナーになったのだった。
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