第54話 婚約破棄して下さい 4
「落ち着きましたか?」
『ランゼ、大丈夫か? 俺っちがもうあいつを近づけさせないから安心しろ』
ランゼーヌは、こくんと頷いた。
どうしたらいいのかわからない。与えられた時間も少なく、クレイに言えば彼を困らせる。かと言って、婚約破棄などしたくない。というよりは、パレルモと婚約などしたくなかった。と混乱していたが、少し落ち着きを取り戻す。
「話して頂けませんか? 彼と一体何があったのか」
「そうですね。隠しても知れるだろうし、一人では無理ですし。その前にどうしてこんなに早く戻ってきたのですか?」
『私が、呼び戻したのです』
スーッと、ピュラーアが目の前に現れた。
リラが、ギョッとする。だが犬の姿のワンちゃんも姿を現したからなのか、「精霊様」と安堵したようだ。
「精霊王が、パレルモさんがあなたを脅していると言うので」
「そうなのね。ありがとうございます。ピュラーア様」
『いいえ。ですが、こういう時こそ、ワンを使えばいいのですよ』
「使う?」
『俺っちにお願いしろって事だよ。何でもするよ』
「ありがとう。でもそれで解決できる問題でもないかもしれません。パレルモ様は、本当に色々知っているようでした」
「色々知っているとは?」
クレイが聞くと、ランゼーヌはチラッとリラを見る。
「私はランゼーヌ様の味方です。クレイ様の秘密だとしても口外致しません」
「そうよね」
「私も彼女を信じておりますので、私についてもここで話してかまいません」
ランゼーヌは、二人の言葉に頷いた。
「クレイ様が、家名を継げない事をご存じでした。しかもその理由を知っているかの様な口ぶりで。そして、私が婿を探していた事も」
「それは本当ですか?」
クレイが驚いて聞くので、ランゼーヌはそうだと大きく頷く。
「聖女の事は、精霊の儀の前に調査すると聞いていますが、あなたは精霊の儀自体が早急でしたので、数日でそこまで調べられるとは信じられません。私の事は、資料を見れば少しは把握できるでしょうが、私が家名を継がないという事は知れません。一体彼はどうやってそこまで調べたのか……」
「でも不思議ですよね。そこまで知っていて、お二人が婚約の顔合わせをした事を知らなかったですよね」
リラも首を傾げて言う。
「そうよね。婚約した事自体知らなかったわよね。私達って、儀式の次の日には婚約した事になっていたのよね? いつ調べたのかしら?」
「調べたのはもっと前? 私が家名を継げない事を知っている……それって、私の事を把握していたって事か?」
「え? クレイ様を?」
驚くランゼーヌに、クレイは真面目な顔つきで頷いた。
「理由はわからないが、そうでなければ私の家の内情を知る事はできないだろう。なんの目的でそんな事を?」
「え? では暴露する秘密とは偽聖女だという事ではなく、クレイ様に関する事なのでしょうか?」
「「偽聖女!?」」
リラとクレイが声を揃えて言うと、ランゼーヌは俯いて頷く。
「聖女という事にして、呪いの箱庭に近づけさせたらしいから。私は聖女ではないの」
『本当にあなたは変った人間ね。自分が偽聖女だと思っているのに、それを利用しようともしない』
突然話に入って来たピュラーアの言葉に驚き、ランゼーヌ達はピュラーアを見た。
「り、利用って……」
『大抵の者はそうでしょう。あなたを脅したパレルモも、秘密を盾に自分の思い通りにしようとしている』
「私は別に、聖女になりたかったわけではないし」
『でもお金を受け取る事は可能でしょう? 聖女でないとしても一番の貢献者ではありませんか。借金をなかった事にしてもらえたと思いますが』
「え!?」
ランゼーヌは、考えにも及ばない事だったので、驚き目をぱちくりとする。
『まあもう、その必要もないようですが』
「そういう手もあったのですね。いえ、今は借金の事よりどうしたらいいのか……」
「私の事なら世間に知られようと問題ありません。それに、あなたと、その……結婚すれば家名の件も……」
そういってクレイは顔を赤らめた。釣られてランゼーヌも頬を赤らめる。
その様子を見てリラは満足そうだ。
『あいつが来たら今度こそ懲らしめてやるから心配するな』
「え? 一体どうする気?」
ワンちゃんのセリフにランゼーヌは不安を覚えた。殺しはしないだろうが、人間とは感覚が違うようなのだ。
『どうしてほしい? 話せなくするとか、深い眠りにつかせるとか』
「そ、そんな事まで精霊様はお出来になるのですか!?」
ワンちゃんの言葉に、リラが素直に驚いた。
「色々考えてくれるのはありがたいけど、それでは根本的な解決にはならないわ」
「そうだな。彼の単独だとは限らないからな。聖女を脅すなどあってはならない事。できれば、法で裁く方がいいだろう」
『では、あなたがたに物理的危害が及ばない様に今回は見守りましょう。ワン、宜しいですね』
『わかった。でも蹴るぐらいいいか?』
『姿を見せて行えば問題ないでしょう』
「え……見えていればいいって」
ランゼーヌが驚くも、リラもクレイもそれぐらいならと頷いている。
話し合っているうちに、夕刻は迫って来るのだった。
◇
「やっと力が手に入る……」
にんまりとしてパレルモは廊下を歩いていた。
「おや、パレルモではありませんか。なぜあなたがここに?」
振り向けば、アルデンが向かって来る。
ここは王族が住むエリア。騎士とは言え関係ない者は入れない。
「これは枢機卿。引き継ぎが少し残っておりまして。合間をみて来ているのです。では、私はこれで」
パレルモが軽くお辞儀をして去っていく姿を見て、慌ててアルデンは踵を返す。
トントントン。
「入れ」
「陛下、失礼します」
「どうした? 忘れ物か? うん? 何かあったか?」
パレルモ顔を見れば、難しい顔つきをしていた。
「今更ですが、彼、パレルモを任命したのは……」
「私ではない。そなたではないのか?」
「私が手配するのは、精霊の騎士です。彼は精霊の騎士ではありません。やはりそうだったのですね」
「私達ではないなら一体誰が……」
「手配できる方は限られています。彼の前の職場は確か――」
「まさか、内通者だったのか! こうしてはおれん。行くぞ、アルデン」
「はい。急ぎましょう。何やら胸騒ぎがします」
二人は慌てて向かうのだった――。
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