第50話 暴かれた罪 6
お忍び用の貴族の馬車が、王都の外へ向かって走っていた。中には、向かい合った紳士が二人。
「なあ、ここに張った結界って精霊にも効いていると思うか?」
足を組み流れゆく景色を見つつ、ボソッとイグナシオは言った。
「さあ、どうでしょうね」
アルデンも流れゆく景色を眺め、答える。
二人は、貴族がお忍びで移動中と見せかけた馬車でランゼーヌの両親がいる屋敷へと向かっていた。先に連絡をしてあるので、家に滞在して待っているはずだ。昨日ピュラーアに言った出かける場所である。
「それより、逃げずにちゃんといるでしょうか」
「は? 逃げる? 枢機卿が行くと伝えてあるのだろう?」
「そういうお方のようですので……」
「まあ居ても居なくても、事は覆られないがな」
「ですが、居てもらわなくては困ります」
「私にそう言われてもな。それより、昨日言われた通りしたが、契約できなかったのだが!」
「そのようですね」
「あのなぁ。恥をかいたぞ」
「そこまで信頼して頂き、ありがとうございます。で、言質は取れたのでしょう?」
ピュラーアが、精霊樹から離れられない事の有無だ。
「何がありがとうだ。まあそのようだな。だが、困っているようには見えなかったな」
「ならついでだったのでしょうね。だからこそ、簡単に解約した」
「そうか。その程度ならいいが。そうだ。そなたが言っていたように、結界が解けた後でも、ルポというものを使わないと出来事を把握できないようだ」
「ルポですか? 調べてみます。まあ何もかも把握できるなら、呪い騒動など起きていないでしょうからね」
「そこは、わざとではないと?」
「たぶんですがね」
二人はまたそれぞれ景色を見つめる。
普通は、王自ら出向くなどあり得ない。アルデンの提案で行くことになった。
昼下がりに二人が乗った馬車は、目的についた。
馬車をモンドと執事長であるパラーグが迎える。
「な、なんと言いますか、ご苦労様……で、す……」
ペコペコするモンドだが、一緒に降りてきたイグナシオに驚く。国王だとは思ってはいないが、偉い者だろうと思ったからだ。
「まずは、中へ入れて頂けませんか?」
アルデンがそういうと、はい! っとモンドは返事を返し、パラーグがこちらですと、応接室に案内した。
「今日は、ご婦人もご在宅でしょうか」
ソファーに座ったアルデンが静かに問う。
「あ、はい。おります」
「では、呼んで頂けますか? 一緒に聞いて頂きたいのです」
「わ、わかりました。パラーグ、すぐに呼んで来い」
「はい。すぐにお呼び致します」
パラーグが呼びに行くと、すぐにアーブリーが応接室に入ってきて、アルデンに座るように促されると、モンドの隣に座った。
「まずは、私の隣に座っている方をご紹介致します。リダージリ国王です」
「「………」」
モンドとアーブリーは、青ざめて固まり挨拶さえ出来ない。
「おわかりですよね?」
アルデンがそう問いかけると、モンドはアルデンを見るも、わからないと軽く首を振るだけだ。いや本当は、わかっていた。婚約誓約書の件だろうと。だが、そうだとしても、国王が来るものだろうか? そう思うと、わからないとなったのだ。
「そうですか。ではこれを」
テーブルに置かれた二枚の用紙に、やはりそうだったのかとモンドはヒア汗が止まらない。
アーブリーが署名をした婚約誓約書と、二人の結婚届をアルデンは置いた。
「ひぃ」
アーブリーが小さな悲鳴を上げる。
婚約誓約書がランゼーヌ自身の筆跡ではないと言うだけではなく、アーブリーが署名した事までバレていたのだ。
この国の結婚届には、家名を変える時は、旧名と新名を用紙に書く事になっている。
つまり、『アーブリー・ネビューラ』と言う文字が書かれているのだ。
「ど、どうか。お許し下さい! む、娘の為だったのです。その署名以外は、話した通りなのです」
モンドが、ソファーから降り両手両膝を床につけ、頭を下げて許しを請う。
「本来ならそんな事をしても、処罰は免れません。ですが、この婚約誓約書は受理されておりません。いえ、受け取った事になっておりません」
「え?」
どういう意味だと、モンドは顔を上げた。
「陛下に感謝する事ですね。受け取った事になれば、受理してもされなくても罪に問われます。これは、聖女ランゼーヌ様に対しての配慮です。お間違えないように」
「は、はい! ありがとうございます」
モンドがまた頭を下げると、アーブリーもモンドの横で床に伏して頭を下げる。
パラーグは、俯き悔やんでいた。やはり首になっても止めるべきだったと。
「だからと言って不問にするつもりはないがな」
「え!?」
黙って成り行きを見ていたイグナシオがそう言うと、二人は顔を上げイグナシオを見た。二人を冷ややかに見下ろすイグナシオに、二人はおののく。
「ど、どうか、命だけは……」
何とかモンドはそう言って、命乞いをした。
「お前たちは、国外追放とする」
「「え!?」」
「それと、ネビューラの爵位は廃爵になります」
「そ、それだと娘が……」
アルデンの言葉にランゼーヌを心配したような素振りを見せると、冷ややかな視線を送りアルデンがこう続けた。
「問題ありません。彼女は、新たに男爵位を頂いておりますので。知っておいででしょう。継ぐ血筋がいなくなれば、爵位も廃爵になると」
「………」
ネビューラの家名も
「ランゼーヌ様がネビューラ家を継げなくなった時点で、廃爵になります。もちろん知っていて、パラキード令息と結婚させるおつもりでしたのですよね? それが早まっただけです。聖女が賜る家名は重複できませんので、ランゼーヌ様が爵位を賜った時点で廃爵です」
平民となり追放される事になった。他国では爵位とは認めて貰えないものだが、取引していたところなら何とかなったはずだ。だがそれさえできなくなった。
「それと、かなりの借金があるようですので、この屋敷とこの屋敷にあるモノは差し押さえになりますので、今着ているモノ以外は、持ち出し禁止となります」
アルデンにそう告げられると、アーブリーは大声で泣き出した。
「何も持ち出せませんと、生きては行きません!」
モンドがそう懇願するが、イグナシオが鋭い視点を向ける。
「言ったであろう。不問にするつもりはないと」
本来なら逮捕される案件だ。
だがそうなると、ランゼーヌに傷がつく。いや、イグナシオにすれば、クレイに傷がつくと思った。今回の案は、イグナシオが言い出した事だ。だからアルデンは、イグナシオ自身に告げさせる為に一緒に行く事を提案した。
ランゼーヌとクレイには、婚約誓約書は受理したと言っておき、その実は受け取った事実さえない事にした。婚約誓約書は、元々ランゼーヌに爵位を与え、書き換えさせるという体裁で書かせるつもりだったのだ。それが思わぬ事になり、自然に爵位を授ける事が出来た。
そして、モンドたちを野放しにするつもりもなく、ランゼーヌに爵位を与え「ネビューラ」の家名を廃爵にしたのちに、国外追放する予定だった。つまりは、考え通り事が運んだ。
ただ呪いの箱庭が消滅した事により、それを早めなければならなくなった。
世間的には、モンド達には罪はなく、あったとしても精霊の儀を行わせず放置した事だ。ランゼーヌが、新たなワンラーアという家名を賜った事により、ネビューラという家名が廃爵になった。世間の認識は、そうなるだろう。
両親がしでかした事は、イグナシオが闇に葬った事により表に出る事はない。
後で追放になったと知ったランゼーヌは驚くだろうが、傍にはクレイがいる。大丈夫だろう。
「あなたにしては、いい手でしたね」
「それは、褒めているのか」
「もちろんです。少しは自信を持って下さい」
「何となく、父上の気持ちが理解出来る気がするな……」
帰り道の馬車の中でイグナシオはボソッと呟く。
優秀すぎる者が傍にいると、自分が劣っていると感じるのだ。
夕陽を拝みながら、明日も平和でありますようにと願う、イグナシオであった。
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