第49話 暴かれた罪 5
パタンとドアを閉めると、イグナシオは部屋に結界を張った。
『本当に二人だけで話すのですね』
姿を現したピュラーアが、少し驚いた様に言う。
「アルデンの事か? 彼も暇ではない事は、あなたもわかっているだろう。私は座るが、座るならどこでもどうぞ」
イグナシオは、椅子に深々と座った。
『私は立ったままで結構です。それでお話があるのでしょう?』
「あぁ。あなたが望むならあの場所から引き離してやろう」
『あの場所とは?』
「精霊樹だ。あなたは本来、離れられないのだろう」
『なぜそうお思いに? 今このようにあなたの目の前にいるというのに』
「制限があるのではないか? 例えば、範囲で言えば王宮の敷地内」
『そんなに私と契約したいのですか?』
「あぁ、したい。だがあなたの力を使って何かを行うつもりはない」
『他国へのけん制ですか?』
「いや。別にあなたの事を公表するつもりもない」
イグナシオとピュラーアはしばし見つめあう。いや探り合うように視線を送ったというのが正しいか。
『なぜ、そういう結論に達したのかわかりませんね』
「あぁ、これは独り言だ。精霊王は、呪いを解く為にこんな面倒な事をいや、回りくどい事をなぜしたのか。自分を精霊樹と一緒に閉じ込めてしまうなど、人間には到底理解できない。だがもし、精霊樹と長い間離れる事が困難ならば理解は出来る。例えば、過去の契約に縛られているとかな」
そう言って、イグナシオはピュラーアを見つめる。
「精霊にとって一年など、一瞬だろう。本当は、
『わかりました。そこまで言うのなら、私の契約者となって頂き助け合いましょう。私を助けてください』
「わかった。助けよう」
『一つ言っておきますが、成就すると契約者になれますよ』
「あぁ。今はまだ契約者ではないと言うのだろう? 明日出かける用事がある。ついてこい」
『ですからついて行けるわけないでしょう』
「は?」
『契約はしておりませんので、無理ですね。そう自分で言っていたではないですか』
ピュラーアは、契約に縛られ、自分の意思では王宮の敷地内から出られない。本当は契約者であるランゼーヌが王宮から出れば、その束縛から解放されるはずだった。精霊は、契約者と共にいる事ができるからだ。
だが、その前に契約は解除された。だから新たに
イグナシオの作戦では、契約して連れ出す予定だったが、口約束だけでは契約した事にならず、他の事で契約をしなければならなかった。
「だぁ!」
しまったあっと前かがみになり、イグナシオは頭を抱える。
『残念です。それより契約者はあなたでいいのですか? これを考えたのはアルデンでしょう?』
「……なんだよ。私には考えつかないというのか?」
『いいえ。彼の方が思いつきそうだったのものですから』
「はぁ。そうだよ。これだけの事が出来るのなら、自分を結界の中に閉じ込める理由があったはずだってな。呪われた者を殺す方法を取る方が、確実で安全。その方法を取らなかったのは、契約者を新たに作る為。だとよ」
『そこまでわかっているのに、新たな契約者にあなたを選んだというのですか?』
「何かおかしいか?」
『今までの人間は、王に仕える振りをして、力を手に入れようとします。あなたを言いくるめて、自身が契約者に収まる。それが定石でしょうに』
「あぁ、そうかよ。私があなたと契約したいのは、安心させたい者がいるからだ。アルデンではだめだ。いや、俺じゃなきゃダメなんだ」
『それも彼が?』
「あぁそうだ。これが最善だろうってな」
安心させたい者とは、オーガスだ。
クレイの婚約者が聖女で、精霊の契約者。脅威でしかない。だが、イグナシオが、精霊王であるピュラーアと契約すれば、クレイもアルデンも脅威ではなくなる。
オーガスは、秘密裏に動いていた。
イグナシオが大丈夫だと言ったところで、本人が納得しなければ意味がない。クレイだけでなく、アルデンにも何か仕掛けて来る可能性がある。
なので、イグナシオがピュラーアと契約できれば、丸く収まるとアルデンは考えたのだ。
『読めない人間に会ったのは久しぶりです』
「精霊王って人間の裏事情とか把握しているのかと思ったが、そうではないのだな」
イグナシオは、オーガスの今の状況や、イグナシオが犯した事などを踏まえれば、たどり着くだろうと思った。
『すべてを把握しているのではなく、参照出来るという事です。莫大な事柄をすべて把握するのは、私も不可能なのです。もちろん、人の気持ちを覗き見る事はできません。なので取る行動を推測するのみです。彼は王族の様ですので、私の力を手に入れれば、あなたの場所を奪えるのにと思ったまでです』
「やはり知っていたか」
『知っていたというよりは、呪いを持つ者がわかるという事ですね。
「ルポ……それで状況を把握できるのか」
『話は終わりましたね? また話がある時は、精霊樹に来るといいでしょう』
「あぁ。手間を取らせた」
スーッと消え去ったピュラーアが居た場所をイグナシオはジッと見つめ、大きなため息をつく。
「脅威が目の前にあるのに、何もできないとはな……」
イグナシオ自身は、ピュラーアどころか精霊さえ認知できない。もし見える者が精霊王の願いを叶えれば、この国はすぐさま乗っ取られるだろうとわかっているのに、何もできないのだ。
初めてイグナシオは、自身の立場が揺らぐ不安に襲われていたのだった。
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