第51話 婚約破棄して下さい 1

 ランゼーヌとクレイが新たに婚約してから次の日に、呪いの箱庭が消滅し平和の象徴である精霊樹が現れた事が発表された。

 国民には、呪いの箱庭の事は伏せて精霊樹が現れた事のみ発表になり、特段ランゼーヌの事には触れていない。ただ聖女の祈りが終結され、精霊樹が現れたと枢機卿の言葉として、アルデンが発表した。


 「本当に、ランゼーヌ様は呪いの箱庭を消したのですね!」


 発表を聞いたリラは、それを信じていた。ランゼーヌは少し申し訳ないような気持ちだ。家名が変わった事も伏せている。クレイとは、婚約した事になっているのは、変わらないが。


 「呪いの箱庭がなくなったのに、ここに缶詰なんて。数か月ここでそのまま過ごさないといけないなんて、暇ですね」


 聖女の祈りはもう必要ないとされ、祭儀が行われる事となった。今祈りを捧げている聖女が、代表として各地を周り祭りが催される。その調整を行う為、ランゼーヌはこのまま足止めされていた。

 歴代の聖女達も王宮に招かれ宴も開かれる予定だ。


 「そうね。帰宅できたら本でも読んで過ごすのにね」

 「ランゼーヌ様の安全の為だと思います。今回、ここで祈りを捧げていたのは秘密になっておりますが絶対に漏れないとも限りません。そうなれば、本当の功績があなただと知れてしまいます。特別な力を持った聖女として狙われる事となるでしょうから」

 「特別な力!? ないわよ」

 「なくても、そう思われるのです」

 「そ、そうですね。ここが一番安全ですよね。もう呪いの箱庭もないのですから」


 リラがクレイの言葉に賛同した。


 「それはわかるけど、なぜずっとここなのでしょう」

 「ここは、王宮内でも更に限られた人しか入れない場所です。ランゼーヌ様の位置付けは、歴代聖女となると仰っておりましたから、パレードには出ないはずです」

 「じゃ祝宴が行われるまでこの部屋?」

 「そう聞いています」


 クレイの言葉に、ランゼーヌは大きなため息をつく。

 今までも閉じこもっていたのだから大差ないとはいえ、気分転換に散歩など出来ないのだ。


 (暇すぎる。祈りもしなくていい事になったし)

 『俺っちと遊んで暮らせばいいじゃないかぁ』


 ワンちゃんが、ランゼーヌの周りを嬉しそうに飛び回る。


 「本は、私が買いに行ってきます」

 「え? クレイ様が?」

 「はい。その間は、パレルモさんがついてくれますから」

 「やっぱり警護は変わらないのね」

 「はい。今まで通りです」


 クレイは、頷いて答えた。

 宴が終わるまでは、聖女としての扱いなのだ。ただ祈らなくてもいいだけ。

 外の景色を眺められるのも祈りの間から覗ける森だけだ。



 「ふう」

 「元気がありませんね」


 ディナーが終わり、リラとパレルモの三人でティーを飲んでいたが、ランゼーヌが大きなため息をしたのを見て、パレルモが言った。


 「もしかして、世間にあなたの事が知られるのを恐れているのですか?」

 「え? いえ……こんな事を言ったら怒られるかもしれませんが、退屈で」

 「暇なんですね」


 パレルモが聞くと、ランゼーヌは素直にそうだと頷く。


 「祈りもしていないのでしたね」

 「え? ……はい」

 (私はしなくていいと言われたけど、他の聖女達もしていないのね)


 パレルモがにっこりとする。


 「そういえば、彼、クレイはどの様ないきさつでランゼーヌ様の聖女の騎士になったのでしょうか」

 「え? どうしてそのような事をお聞きになるのですか?」

 「どうしてって。普通は早くても私ぐらいの年齢の者からなるのです。ちなみに私は25歳です」

 (そうだったんだ! 自分から名乗ってなったって言っていいのだろうか? うーん)


 チラッとパレルモを見れば、真剣な顔つきでランゼーヌを見ていた。そして目が合うとほほ笑んだ。


 「そんなに警戒しないで下さい。単に好奇心です。それに、方法があるなら知りたいと思いまして。あぁ、でも、聖女の騎士は廃止になるのですよね。聖女がいなくなるのですから」

 「あ! そうですね!」

 (というか、呪い自体は完全になくなったわけではないと思うけど、聖女をいなくしていいのでしょうか。って私が心配したところで仕方がないけど)

 「えーと、枢機卿に聞いて下さい。私に選ぶ権利はないでしょう」

 「そうですか。あなたが指名したわけではなかったのですね」

 「はい」

 「だったら私にもチャンスはあるでしょうか」

 「チャンス?」


 何の事だろうとランゼーヌがパレルモを見れば、彼はランゼーヌを熱い眼差しで見つめ返してきた。


 「婚約者候補です」

 「え!?」

 「私は、パレルモ伯爵家の次男、マテウスと言います」


 パレルモは、立ち上がったと思ったらランゼーヌの横に行き、片膝をつきそう名乗り、手を取った。突然の事に、ランゼーヌもリラも唖然と見つめるだけだ。


 『なんだこいつ。ランゼに触るなぁ!』


 ワンちゃんだけが、パレルモの上で騒いでいるのだった。

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