第37話 決断 3
「ここだ」
イグナシオは、壁を向いて言った。
ここは、イグナシオの寝室だ。代々王になった者が寝る部屋で窓がない壁。ここを外から見ると、大人が二人立てる程の囲いがあった。だが、中から開けられるドアは存在しない。王宮の五階で外から登るのは、ほぼ不可能。
何の為に存在しているのか不明な場所だった。
「なんの変哲もない壁に見えますが、何か仕掛けが?」
「さあな。この壁の裏側に筒状に空間がある」
「なるほど。だからここだと」
『ここに手を当てろ』
ワンちゃんが、見える様になりそう言った場所は、二人が手を伸ばすとちょうど手が触れる場所だ。二人は、素直に壁に触れた。
何も起きないと思っていると、その手の上から壁の外へとワンちゃんが通り抜ける。
「おっと」
イグナシオが、突然消えた壁に驚き声を上げた。
二人に突風が吹きつける。
目の前に、数歩分の通路が現れた。外から見た筒状の部分だ。
『こっちに来なよ』
ワンちゃんが、二人に筒状の部分に出て来いと言う。だが、壁から出れば肩幅程しかない広さ。両脇の壁には、手すりが付いていた。
二人は、そこにつかまり壁から王宮の外へ出る。高所恐怖症でなくても足がすくむ高さだ。
アルデンが外を見て体をビクッと震わすと、イグナシオがどうしたと目で問う。
『二人ともしっかりとつかまってな。行くぞ』
「な!」
「せめて、何をするか言って頂けると、心構えが出来たのですが」
二人は、少し腰を落とし手すりにしがみつく。
驚く事に出っ張りが壁から離れ、スライドして移動をし始めたのだ。
容赦なく吹き付ける風に吹き飛ばされない様に二人は、膝をついた。
二人を乗せた筒は、精霊の七色のトンネルを移動していた。先ほどアルデンが身構えたのは、精霊が一斉に近づいてきたからだ。
気づけば二人は、森の中にいた。目の前には、岩壁がそびえたつ。
「ここは……」
『ここが、封印の場所だ』
イグナシオが問うと、ワンちゃんが得意げに答えた。
「何というか、こうしないと来れないのか?」
『たぶん? 人間って浮けないだろう?』
二人は、王宮の壁があった側の穴から外を見ると、足場などない場所だ。この場所を探り当てるのは難しいだろう。だが横に移動するより、下から上にあげてもらう方が安全だ。
「もう少し方法はなかったのか」
『俺っちに言われても。それより封印を解かないのか?』
「さっきのは、封印ではないのですか?」
『ここまで移動する手段だ。お前たちの姿は、精霊によって見えなくされているからこの場所も知られていない』
二人は、精霊の考え方はよくわからないなと感心する。この場所だと知れても登れないだろう。
「で、どうすればよろしいか」
『魔法陣を浮かび上がらせるから、それをそれぞれなぞればいい』
「ほう。男の私が精霊の儀を体験出来るって事か?」
少し嬉しそうにイグナシオが言う。
ワンちゃんが、岩に吸い込まれるように消えると、それぞれの目の前の岩肌に魔法陣が浮かび上がった。それは、イグナシオが言ったように精霊の儀で行う魔法陣と同じだ。二人は、それをなぞっていく。
「これは……」
魔法陣が消えると、七色に光る文字が浮かび上がる。
二人がランゼーヌから、かいつまんで聞いた話が詳細に書かれたいた。しかも、当時の女王の名や精霊王の名なども記載されている。
そして、呪いの箱庭の結界を解く方法も記載されていた。
「なるほど。あの場所の結界を解けという事ですか」
その為の封印の場所がここだとアルデンは気が付いた。
「これは信用していいのか?」
「少なくともここに記載されている歴史は本当なのでしょう。問題は、呪いごと結界内に閉じ込めているって事ですね。ここに書かれている様な結果になるかどうか、私にはわかりません」
「が、しかし、承諾しないと私たちはここから降りれないのだろう?」
「えぇ。上手く作りました」
「どうするアルデン」
「精霊王なのは間違いないと思われます。なので、呪いを広める為ではないと思いますが、いささかやり方が強引なのが気に入りませんね」
「あの二人は、大丈夫なのか?」
「どうでしょうね。万が一の事があったら一番先に被害に遭うのは二人でしょうね」
「………」
『どうするんだ? 二人は、もう向かったみたいだけど』
躊躇する二人に、姿を現したワンちゃんが問う。そのワンちゃんの姿をイラついた顔つきでイグナシオは見つめる。
「ワンと言ったか。あなたの主人が危ない目に遭うかもしれないのに随分と落ち着いているな」
『危ないって何が危ないんだ?』
「ワン様は、全面的に精霊王を信じておられるのでしょう。私があなたを信頼しているように」
「よく言う。小言しか言わないくせに」
「小言ではございません。進言です」
「進言ねぇ。まあいい。ワン、解いたらすぐに二人の傍に移動させてもらいたいが出来るか?」
『……ピュラーア様が呼び寄せると言っている』
ワンちゃんの返事を聞き、二人は頷きあった。
人間がここに来たら箱庭の結界を解かないと、この場所から移動できないような仕組みになっていて、二人は不安ながらも従うしかなかったのだった。
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