第36話 決断 2
父親の友人の令嬢。クレイは、そう聞かされていたので、特段期待はしていなかった。
クレイの瞳には、現れたネビューラ家が普通の家族とは違うように映った。
それが確信に至ったのは、言うまでもなく精霊の儀を受けていない事だ。みんな意気込む程の行事。それを今まで放置していたのだから。
成り行きで、ランゼーヌを王都へ連れて行く事になったクレイは、彼女が気になった。いや正確には、彼女の傍にいる白い物体だ。そうワンちゃんがクレイにも見えていた。
一体あれは何なのか。ジッと見つめいていると、ランゼーヌと目が合い、ハッとして目を逸らす。令嬢を見つめるなど失礼だ。本当は、ワンちゃんを見つめていたのだが、向こうからすれば自身を見つめていたと思うだろう。
気にしない様にすれば、いきなりワンちゃんが視界に現れて、驚いた事もあった。手が滑った事にして誤魔化したり、つい見えないと探してみたり。
その正体が、まさか儀式の時に判明するとは思ってもみなかった。
精霊だと司祭の前に現れ、呪いの箱庭を指定し周りを混乱させる様子を見て、つい聖女の騎士に名乗り出た。
ほんの二、三日一緒に過ごしただけだが、ランゼーヌが置かれている状況が自分と似ているかもしれないと思うと、クレイは放って置くことが出来なかったのだ。
ランゼーヌは、普通の令嬢とは違った。精霊の儀の騎士なのだから、それを受けに来た令嬢を敬うのは当たり前で、付き添いの家族である親に配慮するのも当たり前だった。なので、「ご苦労様」と言われても「ありがとう」とは言われた事などなかった。
そして、一緒にお茶を飲もうと言う令嬢も。
出来れば、何かランゼーヌの役に立ちたい。そう思い話しかけるも上手く伝わらず泣かれて焦ったり、喜んでもらえるとクレイ自身も嬉しかった。
ちょっとした事だが、例えば聖女の騎士の制服を褒められた事も嬉しかったりと、家族と同じいやそれ以上にランゼーヌの言動に動かされている感情に、クレイはまだ気づいていないかった。
それに気づいたのは、正式に婚約者になったとわかった時だ。
『
けどランゼーヌは、聖女ではない自分と婚約破棄して欲しいと言い出した。涙を見せる彼女を抱きしめたい衝動に駆られるも、ランゼーヌにしては婚約者どころか、聖女と聖女の騎士という関係でもないようだ。
しかも今、自分だけ蚊帳の外。ランゼーヌが言う様に、彼女が聖女ではなく精霊王と会話が出来る『特別な存在』として扱われれば、自分が望まなくとも婚約破棄になるかもしれない。
だからせめて、頼られる存在にならないと関係はすぐに終わるだろう。
◇
「似ている? それって環境がですか?」
涙を拭いたランゼーヌがクレイに問う。
「はい。全く同じではないとは思いますが、親子関係が……」
「……そうですね。私もそれは感じていました。でも母親とは上手く行っているように見えました」
「そうですか? 何というか、あんな風に会話をしたのは初めてです」
「え? 初めて?」
「はい。何が起きたのか私にもわかりません」
そうクレイは、苦笑いをする。
人前だからよい親子関係に見せようとしたのだろうか。そう考えるもそういう風には見えなかった。会話を楽しんでいる。ランゼーヌは、そんな風に感じていた。
「で、話を戻しますが、私はあなたとは良い関係を築きたいと思っています」
「え!?」
クレイの言葉にランゼーヌはかぁーっと頬を染める。
「私は、あの時に婚約破棄になっていなくてよかったと思っています。もちろんあなたが聖女であろうとなかろうと、私には関係はありません」
「それって、聖女ではない私にも価値があるっていう事ですか?」
「価値ですか……私にしてみれば、聖女になった令嬢もなれなかった令嬢も、何も変わらない同じような令嬢に見えました。なので、価値は聖女かどうかではなく、自分に必要な人物かどうかだと思うのです。その観点から言えば、あなたは私にとって価値ある方です」
(それって本当の言葉? 信じていいの?)
「ううう……」
ランゼーヌが泣きだし、クレイはどうしていいかわからず、目の前で屈んだままオロオロする。
「い、嫌でしたか?」
ランゼーヌは違うと首を横に振る。
「私は、聖女になれなければ、価値がないと思っていたから」
「な、なぜです?」
「クレイ様もわかっているでしょう。私の家は借金まみれなのです。もし爵位を継いだとしても名だけの爵位。継がなければ、平民と同じで価値などないと……」
「それを言うなら私もです。元々、爵位は継げないとわかっていましたから。剣術学校に行く時に父に言われていたんです。爵位はドワンに継がせると。だから婿に出されると思っていたので、ネビューラ男爵の言葉には、驚きました」
無表情で見つめていたけど驚いていたんだと、驚くランゼーヌの涙はいつの間にか止まっていた。
「もし、聖女として欺いたと罰せられるなら私も一緒です。いえ、そうならないように、何とか致します。あなたの騎士として」
クレイは、ランゼーヌの手をとりギュッと握る。
またもやランゼーヌの頬は、真っ赤に染まった。そして、彼女はこくんと頷く。
ランゼーヌもクレイに特別な感情を抱いていた事を気づいたのだった。
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