第35話 決断 1
クレイ・パラキードは、乳母に育てられた。貴族では珍しい事ではないが、クレイは母親にも父親にも愛情を注いでもらえなかった。いつも傍にいたのは乳母と姉のケリーだ。
五つ年上のケリーは、父親似でくりっとした紺の瞳に、ストレートのアイボリーブラックの髪。彼女だけが、嫌な顔一つせずクレイと遊んでくれた。
クレイは、両親に甘えたいと思った時期もあったが、母親のジアンナは部屋から出てくる事はほとんどなく、クレイどころか夫であるケンドールとも距離を置いていて、声すらクレイは聞いた事がないほどだ。
父親のケンドールは、ケリーとは話をするがクレイには話しかける事もなく目すら合わせない。
家族は、バラバラの状態だったのだ。
しかし、ある日を境に夫婦仲がよくなった。そして、クレイが五歳の時に弟のドワンが生まれる。
クレイに対する態度は前と変わらなかったが、ドワンに対しては両親二人とも溺愛していた。そうクレイとは態度がまるで違った。
自分は、二人に嫌われている。クレイは、そう気が付いたのだ。
今まで幼いながらも父親の気を引こうと、剣術を教えてもらったりもした。才能があるようで、教えてくれてはいたが、クレイ本人には興味を示してはくれなかった。
そんなクレイに少しだけ希望が見えた。それは、ケリーの精霊の儀についていった時の事だ。一緒に行ったのは、父親のケンドールだった。彼は、精霊の儀の騎士を見て、ぽつりとつぶやいた。
「クレイなら騎士になれるかもな」
その言葉を聞き逃さなかったクレイは、その場で騎士になりたいと言って、ケンドールを驚かせた。なれるかもと言ったが、その道は険しい。
まずは、王立剣術学校に入学出来ないとなれない。そこはお金を積んでも入れない、実力のみで勝ち取るしかない学校だ。そして、入ったとしても半年毎にある試験に合格しなければ、そこで退学となる厳しい学校だった。
判定は、『優』『良』『可』『退』の四つで、『退』が付いた者以外はそのまま存続でき、三年で卒業となる。
王立騎士団に所属する為には、最終的に『優』を取らなければ難しい。ほとんどの者は、『良』止まりだ。確実なのは、『優』を取り続ける事。
目標が出来たクレイは、王立剣術学校に入学する為、日々剣術に励む。
そして、十歳の時に初めて試験に挑んだ。誰でも試験を受ける権利はあるが、年齢制限があった。14歳まで。つまり大人になると受けられない。
クレイは、試験に挑む年齢にしては早い方だ。だが見事に合格を果たす。
しかし残念ながらケンドールは、「学校でも頑張りなさい」程度で、思っていたほど喜んでもらえなかった。
「おめでとう、クレイ。もうあなたもわかっていると思うわ。これを機に家を出なさい。私はそれがいいと思う。王立騎士団に所属すれば、爵位を継がなくてもそれなりの暮らしが出来るわ。私はいつでもあなたの味方よ。あなたは、どんな事があっても私の弟よ」
姉のケリーだけが、はなむけの言葉を贈ってくれた。
こうしてクレイは、王立騎士団に所属する為に励む事になる。彼には、本当に才能があったようですべて『優』をとり、無事に所属する事が叶った。
一度も家に戻らず、そのまま王立騎士団の宿舎で生活を送る。
初めは、王都の警備だった。ただの見回りの仕事だったが、最初の数年はこの仕事に就くのが通例。
そして、一年ほど過ぎた時に、精霊の儀の騎士の募集があった。
騎士を目指すきっかけとなった精霊の儀の騎士にクレイは、応募する。
その精霊の儀の騎士は、人気のない職場だった。なぜなら相手が貴族だからだ。貴族の相手は面倒くさい。クレイも得意ではないが、精いっぱい務めた。
そんなある日、初めてと言ってもいいだろう、父親のケンドールから手紙が届く。
今はもう何も期待していないクレイは、何の用事だとみれば婚約する為に一時帰宅せよという内容だった。
さすがにこれには驚く。
そもそもクレイには、結婚願望などなかった。家族を持ちたいなどと思うはずもない人生だ。
ただ姉のケリーからは、年に数度手紙が届いていた。婚約者と結婚する事になったという手紙ももらっていたが、その内容の手紙はケリーからだけで両親からは届いていない。つまり、結婚式には招待されなかったのだ。
ケリーは、謝罪の手紙もよこしていた。
それなのに、婚約――結婚させようとしている。
クレイは、困惑した。家族だと思われていたのか、それともメンツの為か。
騎士は、結婚相手としてはそれなりの人気がある。本来なら放っておいても結婚するだろうが、結婚する気がないクレイは、こんな機会でもなければ一生独身だっただろう。
結局クレイは、婚約誓約書にサインをし婚約の顔合わせをする事にした。
初めてケンドールに
そして、クレイは家に戻ってよかったと思う出来事が待っていた。
両親に、笑顔で迎え入れられた事だ。
何か裏があると思うクレイだが、うれしかった。
そして、ジアンナが信じられない言葉をクレイに掛けた。
「今までごめんなさい。やっと乗り越える事が出来たの。あなたには辛い思いをさせたわ」
クレイは、何があったがわからないが、ジアンナには嫌われていたわけではなかったのだと泣きそうになる。こんな事でもないと、実家に戻る事もなかったクレイは、ある意味婚約を承諾してよかったと思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます