第33話 呪いの箱庭の真実 4

 (経緯はわかりました。ですが別に、あなたが私に伝えなくともワンちゃんが話せばいいのではないのでしょうか)


 ワンちゃんは、人間に姿を見せ声を聞かせる事が出来る。さっきもそうするような事を言っていた。ならランゼーヌは必要ない。いや、ランゼーヌでなくてもよい。


 『確かにそうでしょう。ですが、ワンが姿を見せ声を聞かせる事が出来るのは少しの間だけなのです。いろんな事を説明するのには、あなたが必要です。もちろん、ワンを通してあなたと会話してもいいでしょう。しかし、伝わりづらい部分があると思います。残念ながら人の声は、結界に阻まれここまで届かないのです。こうやって会話が成り立つのは、あなたの能力なのです』

 (私の能力?)

 『はい。精霊の姿が見える者は、それなりに生まれますが、あなたのように見聞き出来る者は千年に一人ほどなのです。もちろん、今話した内容だけで信じろとはいいません。今日こんにち、この時の為の手配はしてありました』

 (手配?)

 『ちょうどそこに、キーマンとなる二人がいるようなので、彼らに協力して頂きましょう』

 (ちょっと待って、二人ってまさか陛下と枢機卿ではないですよね?)


 いきなり二人を巻き込むと言われ、ランゼーヌは困惑した。

 自分が信じる信じないは別の次元だ。二人がランゼーヌが企てたものだと思ったら言い訳ができない。


 『大丈夫です。枢機卿にはワンが見えているはずですので』

 (え! 見えているですって!?)

 『そうです。将来の事を見通し、聖女協会を作らせたのは私です。そのトップには、精霊が見える者が就く事にしてあります。今も守られているならば、これから話す事を信じて頂けるでしょう』

 (………)


 確かに先ほど聞いた話が本当ならば、聖女協会を設立させたのがピュラーアだとしてもおかしくはない。


 『まずワンに姿を現してもらい、精霊王である私がここにいる事を知らせてもらいます。そして、それを証明する方法を教えしますので、それを二人に行ってもらうのです』

 (なぜ陛下と枢機卿なのですか?)

 『人間の寿命は長くない事を知っています。その為、重要な事を伝えて行くにあたり、歪曲して行く事も。そして、都合が悪い真実を抹消しようとする事も。その事をさける為に、王族と聖女協会の代表者が揃って行った時に限り開ける事が出来る封印を作らせました。そこに先ほど話した真実が描かれています』

 (そんな事まで用意しているなんて……)


 ランゼーヌは、用意周到過ぎて驚きを隠せない。

 まだ精霊王だとは信じられないけど、もし本当だった場合、自分が拒否して黙っていれば、今度ランゼーヌと同じ能力を持つ者が生まれるのが千年後となる。その時この世界がどうなっているかわからない。

 ずっと聖女を選び呪いを浄化する事は可能なのだろうが、精霊王としての役目をワンちゃんが果たせない場合、どうなるのだろうかとランゼーヌは悩む。


 『まだ私が精霊王だとは信じて頂けていないようですね。仕方がない事だとは思いますが、あなたがいう奇術師だとして、このようなまどろっこしい事をするなら、すぐに結界を解く手筈をして解いていると思いませんか?』


 確かにそうかもしれないと、ランゼーヌは頷く。

 もしピュラーアの言う通り、王族と聖女協会に精霊王に関する何らかの事が残っていれば、嘘ではないかもしれない。


 「ワンちゃん。私、ピュラーア様の言っている事を信じてみるわ」


 目を開けたランゼーヌがワンちゃんを見てそう言うと、ワンちゃんは嬉しそうにランゼーヌの周りを飛び回る。


 『話し合いがうまく行ったんだな。俺っちに任せておけ!』


 不安があるものの、奇術師が人間なら生きてはいない。そう信じての行動だ。


 「おぉ! なんだ?」


 そう声を発したのは、イグナシオだ。


 「どういたしました?」

 「小さな白い犬が見える!」


 ワンちゃんが、見えない者にも見える様にしたので、イグナシオにも見えた。

 ランゼーヌがそれを機に立ち上がる。


 「そうですか。見える様になりましたか。きっと伝えたい事があるのでしょう」

 「もしかして、先ほどからアレはいたのか?」

 「はい。いつも彼女の傍におりました」


 アルデンの言葉に、ランゼーヌは驚いた。

 ピュラーアの言う通り、アルデンにはワンちゃんがずっと見えていたのだ。


 「じゃアレは、犬の姿をした精霊か? 本当に犬の姿をした精霊が存在したとはな」

 「儀式の時に現れた精霊と聞いています。で、何を伝えたいのでしょうか。お聞き致しましょう」

 『おう。俺っちは、ワン。精霊王、ピュラーア様の代理だ。ランゼに語らせるからよく聞け』

 「精霊王だと」


 イグナシオは、驚いていた。そして、ワンちゃんの横に立つランゼーヌを見た。


 「わ、私は今、そのピュラーア様のお言葉を聞きました。陛下と枢機卿にまず存在を信じて貰うために、私にある事をお話になりました」


 少し震える声で、ランゼーヌが言うとイグナシオが聞こうと頷く。


 「その、お怒りにならずに聞いて下さい……」


 一応そう前置きするランゼーヌ。

 受け取り方によっては、王族を侮辱する内容だからだ。

 わかったとイグナシオとアルデンは頷く。


 「その昔、隣国と戦争をして我が国が勝利を治めました。その時に隣国の王子を婿として受け入れたのですが、彼には呪いが掛けられていた……」

 「……!」


 王子の呪いに驚いたのは、傍観していたクレイだけだ。

 つまりイグナシオとアルデンは、少なくとも呪われた王子が婿に来た昔話を耳にした事があるのだろう。


 「その呪いとは、生まれた子が泣くと周りに呪いが広がるというものです。その打開策を精霊王は提案し、その時代の女王は飲んだのです。その方法を使えば、子を殺さなくて済むからです。その方法とは、聖女を見つけ出しその呪いを浄化する事。でもこの方法だとたぶん、浄化するより呪いが広まる方が早いのでしょう。精霊王が宿る精霊樹を守る為に、時間を止める結界を張った。そこだけは、それ以上呪いが濃くなる事はなくなった……」

 「まさか、それが今、目の前に広がっている呪われた箱庭ですか?」


 途中までの説明で、ある程度理解したのかアルデンがそうランゼーヌに問う。


 「はい。そう言っています。あそこに見える大きな木が精霊樹です」

 「大きな木?」

 「いや、木など見えないが?」

 「え!?」


 まさか精霊樹が見えていないとは思っていなかったランゼーヌは、驚いて声を上げ精霊樹を見つめた。ランゼーヌの瞳には、はっきりと精霊樹が見えている。

 だから呪われた箱庭になったのかとランゼーヌは思うのだった。

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