第20話 歓迎されているのかいないのか1

 「失礼します」


 クレイは、毒味用の専用スプーンで、ランゼーヌが口にする食べ物の毒味を行った。

 毒など絶対に入っていないと思うが、規則だから仕方がないとはいえ、毎回こうなのかとランゼーヌは不思議な気分になる。いつも聞こえていたダタランダ国の言葉も聞こえず、一緒に食べる相手も違う。


 「大丈夫です。どうぞ、召し上がって下さい」

 「あ、はい」

 「なんだか、ここまでされると聖女様って感じがしますよね~。でも命が狙われる事はないのではと思うのですが」


 リラが、毒味が終わるとそう言った。


 「私もそう思うわ。聖女って崇められているのですよね?」

 「だからこそですね。まあいわゆる妬みですか……」

 「妬み! 聖女になれなかったから聖女になった人を殺すって事ですか?」


 ランゼーヌが驚いた声を上げる。

 そんな事をしたところで、その者が聖女になれるわけでもない。


 「世の中には、そういう方もいらっしゃいます。残念な事に。また他国では、聖女の血によってその土地の邪が洗われると思っている、迷信的な国もあります」


 クレイの言葉に、ランゼーヌは真剣な顔つきで頷いた。

 本でそういう考えを持つ国がある事をランゼーヌは知っていたからだ。


 「クレイ様。ランゼーヌ様を守って下さいね」

 「はい。その為の騎士です」


 リラが言うと、真面目な顔つきでクレイは頷き答えた。


 「そんなに心配しなくても大丈夫よ、リラ。私が聖女だって知らない人がほとんどなのだから。必然的に狙われる確率も減るわ。それに何と言っても王宮内、誰が襲えると言うのよ」

 「それもそうですね。お嬢様が王宮にいる事さえきっと数人しか知らないですよね」

 「それでも守らせて下さい」

 「え? あ、はい。も、もちろんです。宜しくお願いします」


 まさか守らせてほしいなどと言われると思っていなかったランゼーヌは、顔を赤く染めながら頷く。

 ランゼーヌを守ると言ってくれてたのは、リラと執事長のパラーグぐらいだ。なんだか照れてしまう。


 「疲れたわ……」


 夕食を食べ終え、リラと一緒に寝室で休むランゼーヌがポツリと呟いた。


 「もう寝ますか?」

 「ううん。もう一度資料を読んでからにするわ」


 聖女には、思ったより制約が多かった。

 まずは、勝手に人と接触してはならない。人と会う時は必ず聖女の騎士と共に会う事。会う時は、聖女の制服を着用する。

 食べ物や飲み物は、決まった者以外からは受け取らず、必ず毒味を行ってから口にする事。また、用意された建物内で食さなければならない。一人っきりで食べ物や飲み物を口にしない。

 一日一回以上、累計六時間は祈る事。――などなどだ。


 「そんなに変わらなさそうだけど、最初は確認しないとダメかもしれないわ」

 「そうですね。ランゼーヌ様よりも一般的なご令嬢が苦労する内容ですよね」


 ランゼーヌは、ランチは部屋でリラと二人でとっていた。モンドがいない日は、朝も夜もリラと二人という事もある。ある意味、同じ建物内で同じ者からしか受け取って食べてはいない。


 「しかもよく考えれば、本来は10歳の子がするのよね? そう思うと凄いわ」


 資料には、家族といえども会う事は許されないようだった。

 まずは、家族側が申請し許可が下りてから会う。だがそれも指定された日時に、一時間ほど。それは聖女教会が決める事になっていて、聖女が決められる事ではない。しかも、誰が会いたいと言っているという情報は、特に聖女に知らせるわけではないようだ。会わせると決めた人物の事のみ伝える。


 「まあ、これに関しても無いから私には関係ないわね」

 「そうですね。バラーグさんが顔を見に来るぐらいでしょうけど、急用でなければ執事ごときでは会えなさそうです」

 『良かったじゃないか。あいつらと顔を合わせなくてすむ』

 「そうね。でもバラーグに会って、家の事を宜しくってお願いしたかったわ」

 『いや、そのまま潰れた方がよくないか?』

 「わんちゃん……そうなったら私達はどうなるのよ」


 ランゼーヌは、ボソッと資料を覗き込むワンちゃんに呟く。

 聖女の給料を借金に当てて、爵位を引く継ぐ予定なのだから。

 だがそれより問題なのは、商売の実践がないって事かもしれない。


 「うーん。本来なら私も経営に関わっていないといけなかったんだけど、アルドがそれをやっていたのよね」


 ため息交じりにランゼーヌは言う。

 そこからして、ランゼーヌに跡を継がせる気がなかったとわかる。


 『だろう? だったらそいつにあげちまえ』

 「そう言われてもなぁ」

 「何がですか?」

 「え? な、何でもないわ」


 慌てるランゼーヌに、リラが真剣な眼差しを向けた。


 「お嬢様、私、今回の事は家を出るチャンスなのではないかと思っています」

 「え? 家を出る?」

 「あの女の作った借金をなぜお嬢様が返済しなくてはいけないのですか! このままクレイ様にお嫁さんにして頂くのですよ」

 「え? もうまだそんな事言っているの? クレイ様は私に興味はないわよ」

 「いいえ! 聖女だと知っているのはクレイ様だけです。なので結婚まで持っていけると思います!」


 自信満々にリラは言う。


 『うーん。あの家を継ぐよりは、あの堅物の方がよさげか』

 「わんちゃんまで……」

 「いいですかランゼーヌ様。本来聖女なら引く手あまただったはず。ですが結婚対象で聖女だと知っているのは、クレイ様のみなのです。これを逃す手はありません!」


 (それって聖女ではない私には、魅力はないって事よね。クレイ様が、婚約破談になった私の精霊の儀の担当になったのも、生真面目な人だったからやってくれた事。私に好意を持ったからではないわ。そして、私の聖女の騎士になったのもなりゆき……)


 そう思うとランゼーヌは、虚しさを感じた。


 (他の令嬢と違って私は、教養も何もないのだもの。聖女という肩書がなければ、誰も見向きもしない)


 「寝るわ……」

 「あ、はい」


 ランゼーヌは、泣きたくなった。

 ずっと色々と諦めて来たのは自分だ。こうなったのも自分自身のせい。

 聖女になって初めてそれに気が付いた。


 『虹を見せてやろうか?』


 布団をかぶり静かに泣くランゼーヌに気が付いたわんちゃんが、そっと髪を撫で言うと彼女は静かに頭を左右に振った。


 「だめよ。宿の人に怒られてしまうわ」


 布団を濡らすならこの涙だけでいい。


 「ありがとう。わんちゃん」


 (せめて誠心誠意、聖女の仕事をしよう)


 ランゼーヌはそう誓い、眠りにつくのだった。

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