第19話 準備万端4
トントントン。
本や資料の紙をめくる音しかしない部屋に、ノックの音が響く。
ランゼーヌ達は、何もする事がなく読む事で暇をつぶしていたのだ。
三人は、嬉しそうにドアに顔を向けた。
「はい」
立ち上がりながらクレイが、返事を返す。
「司祭のバローニです。制服などをお届けにあがりました」
「今、お開けます」
クレイがドアの前まで行くと、ワンちゃんもそれについて行く。クレイがドアを開けるとバローニと名乗った司祭が、失礼しますと箱を抱え部屋と入ってきた。
「聖女様と、パラキード殿の制服です」
「ありがとうございます」
「わぁ。聖女の制服ですって、お嬢様。私、拝見した事がないので楽しみです」
「そうね、私も。ありがとうございます」
クレイが箱を受け取ると、二人が近づく。
「それと聖女様にも、資料をお持ち致しました」
「私に?」
「はい。本来、聖女になるお方は、前聖女に祈り方や生活の仕方など、聖女としてのルールを一か月ほど一緒に過ごし学びます。今回は、前聖女がいない場所になりますので、ご用意致しました」
「そうですか。ありがとうございます」
ランゼーヌは、それも嬉しそうに受け取った。
なにせ暇なのだ。新しい文字を読めるなら資料でも嬉しかった。
「王宮内のお部屋は、明日の午後には整う予定です。申し訳ございませんが、それまではここでお待ち頂きます」
「わかりました」
「移動する前にお着替えを宜しくお願いいたします」
「わかりました」
「はい。着替えておきます」
「では、失礼致します」
バローニが深々と頭を下げると、思い出したようにクレイが声を掛ける。
「あ、バローニさん、ちょっとお願いがあります」
「おや珍しい。なんでしょうか」
「聖女ランゼーヌ様のお給金なのですが、親には支払わずに直接本人に渡してほしいのです。一括で宜しいとの事ですので、お伝え出来ますでしょうか」
「お手数掛けまして申し訳ありません」
ランゼーヌが、頭を下げるとバローニは慌てて手を振った。
「頭を御上げください。きちんと伝えておきますのでご安心を」
「ありがとうございます」
「では、これにて失礼します。また明日、お伺い致します」
「はい、気を付けて」
部屋を出て行くバローニを三人で見送る。
「お嬢様、箱の中身を早速見てみましょう」
『そうだ。早く俺っちも見たい!』
パタンとクレイがドアを閉めると同時に、目をキラキラと輝かせてリラとワンちゃんが言った。
「わかったわ。見てみましょう」
「では、私はここで着替えますので、お二人は寝室で着替えて頂いて宜しいでしょうか」
「あ、はい。き、着替え終わったら声を掛けて下さいね」
「了解……いえ、承知致しました」
二人は、聖女の服が入った箱を持って寝室へ入る。
「そ、そうよね。彼も制服を着替えるのよね」
「何をそんなに感心したように」
「だって、家ではこの様な事は起こらないでしょう」
父のモンドとも義兄のアルドとも、着替えるから出ていけなどと言うシチュエーションに成りえない。他人のクレイとのシチュエーションに、なんだかドキドキしたのだ。
「これは……」
リラは、ランゼーヌがいわゆる吊り橋効果的な感じにだが、クレイの事を意識し始めたのではないかと喜んだ。彼女は、クレイとランゼーヌに結婚してほしいとこっそり思っていた。
よく考えれば、家族や使用人以外の男性と会ったのだって、婚約の顔合わせが初めてで、ずっと一緒なんて結婚以外ないと思われていた。
きっと聖女となれば、婚約の話がいっぱい舞い込むに違いない。けど、聖女である事は秘密だ。という事はやはり、モンドがいやアーブリーが選んだ男をあてがわれるに違いない。
聖女になったのに、このままだと不幸のままだ。クレイなら誠実そうで、ランゼーヌを守ってくれる夫になるだろうと、リラはこの機会を見逃す訳にはいかないと意気込んだ。
「絶対に一緒に居る間に、クレイ様にもランゼーヌ様を……」
「え? 何?」
「いえ、何でもございません。さあ、着替えてみましょう」
リラが箱を開け、聖女の制服を手に取り広げた。
当たり前だが、ドレスではない。
「よかったわ。ラクそうな服装で。もうこういうドレスは着なくていいなんて助かるわ」
普段は、ワンピースで過ごしていたランゼーヌは、ホッとして言う。
聖女の服は、ふんわりした膝までの服とズボンに分かれていた。
「お嬢様。ズボンですよ!」
「やったぁ。一度着てみたかったのよね」
「もうお嬢様ったら。でも一度というか、数年はこういう格好になりますよ」
「ふふふ。これなら寝っ転がって本を読んでも大丈夫そうね」
「もう、お嬢様ったら」
そういう姿は、リラの前でもした事がない。
ランゼーヌは、ドレスを脱ぐと聖女の制服を身に付けた。
キュっと足首が細くなっている白いズボンの上に、長袖で膝まである丸首の白いゆったりとしたシャツ。それには袖や首回りなどの縁に銀で刺繍が施されていた。蔦の様な刺繍だ。その上に、薄緑の胸までのケープを羽織る。首元一か所に留めるボタンがついているが、それにはリダージリ国の紋章が描かれていた。このケーブにも刺繍が施されている。
靴もセットになっていて、踝まである銀の靴。それに銀の手袋も。
暁色の髪が、凄く引き立つ。
鏡の前に立ったランゼーヌは、自分の姿をマジマジと見つめた。
「何だか自分ではないみたい」
「凄く聖女っぽいです。あ、聖女様ですけど、お似合いです。お嬢様」
『似合ってる!』
リラもランゼーヌの姿に見入っている。
「私は着替え終わりましたので、いつでも来て頂いて大丈夫です」
クレイから声が掛かった。
二人は、クレイの姿がどうなったかとドキドキとしてドアを開ける。
さすがに、凄く変わってはいない。
色が薄い緑色になった程度。剣も下げている。ただ一か所いや一つ増えた。マントだ。
マントの内側は白く、外側が濃い緑。
「くるっと回って見せて」と言うと、クレイは頷きクルっと回った。
マントは、膝より少し長いぐらいで、回るとそれがなびく。マントの背には、白色で国章が描かれていた。誰が見ても、リダージリ国の騎士だとわかる。
二人は、かっこいいと見とれるのだった。
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