第14話 騎士と令嬢5

 スススッとリラとランゼーヌはクレイから距離を取り、奥へと行く。


 「ランゼーヌ様、聖女になったら最低一年間は聖女として活動する為、家を空ける事になります。爵位の件どう致しましょうか?」

 「そ、そうよね……」


 ランゼーヌが聖女になったからといって、モンドが爵位を継ぐ事はないだろう。それに、聖女でいる間は婚約もさせられる事もないと思われた。


 「その件は、保留にしましょうか」

 「はい。聖女のお勤めが終了してからご相談しましょう」


 二人は、頷き合う。


 「ご、ごめんなさい。お待たせ致しました」

 「いえ、それでご相談とは?」

 「その件なのですが、聖女になるならお勤めを終えてからご相談させて頂きたと思うのですが……」

 「そうですか。わかりました。……先程は失礼致しました」

 「え?」


 クレイが、なぜか頭を下げた。


 「あの、何が、えーと」

 「聖女の騎士の件です。勝手に名乗りを上げ申し訳ありません」

 「はあ……」


 聖女の騎士、それは、騎士なら憧れを持つ騎士の仕事だ。

 もちろん、誰でもなれるわけではない。王国騎士団に所属した者にしかなれない。

 クレイも王国騎士団の所属なので、許可が下りればランゼーヌの聖女の騎士になれる。


 ランゼーヌは、聖女の騎士については、本を読んで知っている程度だ。

 聖女に選ばれた令嬢は、最低一年間、最多で五年間は決められた場所で祈りを捧げる聖女としてお勤めをする。それを見守る専属騎士が一人つく。それが聖女の騎士だ。

 聖女の騎士は、聖女のお勤めが終わるまでずっと同じ者が勤める。


 クレイが頭を下げるが、聖女が騎士を選べるわけではない。


 「別に謝らなくてもいいわ。ワンちゃんが精霊だと信じてくれたから名乗りを上げてくれたのよね」

 「はい。騎士さえいれば、何とかなるかと。ただなぜ、あそこを指定されたかが気になりますが」


 顔を上げたクレイは、眉間に皺を寄せる。


 「そんなに凄い場所なの?」

 「勝手に近づく事は禁じられているので、近づいた事はありません。ただ結界が張られたその庭は、草木が枯れ、そこには奇術師が眠っていると言われています」


 (それって、奇術師の呪いの事かしら?)


 ランゼーヌが知る奇術師の呪いとは、その昔、奇跡を起こす力を持った者がいた。王子に恋をした彼女は、結婚を迫るも断られた為怒り狂い、この国に呪いを掛けようとする。

 それを精霊姫と呼ばれる王子の婚約者が封じるも完全ではなく、今でもその名残で聖女に選ばれた乙女に祈ってもらい、呪いが広がらないようにしているという。

 つまり、今の聖女の起原だ。


 「まさか、奇術師の墓みたいな場所って事?」

 「え? そんな場所にお嬢様に行くように精霊が言ったのですか?」

 『だから違うって。そこにピュラーア様が居るんだ』

 「え?」

 「違うのですか?」


 ワンちゃんの言葉に驚いたランゼーヌだが、リラの言った言葉に驚いたのかと思い、リラが聞いた。


 「そうね。でも精霊は違うと言っていたわ」

 「その精霊なのですが、ランゼーヌ嬢は最初からご存じでしたか?」

 「え? な、なぜ……」

 「そんな風に感じたものですから」

 「まさか……」


 ランゼーヌは、クレイの言葉に笑って誤魔化す。


 (彼って結構鋭いわ)


 『ピュラーア様が、人間のルールに従った方がいいっていうから、召喚されたように現れてやったんだ』


 (という事は、私は本当は聖女に選ばれていない!? それってまずいのでは)


 ランゼーヌは、さーっと顔を青ざめる。

 本で読んだ聖女のお勤めとは、一日の大半を祈りを捧げるという事しか書いていなかった。


 「あの、クレイ様」

 「はい」

 「もしですよ、私が他の聖女と違って、呪いを浄化出来なかった場合、どうなるのでしょうか」

 「聖女の祈りの事はよくわかりませんが、あの場所の呪いを浄化できなくとも、非難される事はないと思われます。今まで、誰も浄化できなかったのでそのままなのですから」


 青ざめた顔で聞くランゼーヌに、大丈夫だとクレイは言う。


 (確かにそうね。他の場所と状況が違うみたいだし。逆にバレないかもしれないわ)


 クレイの言葉に、ランゼーヌはホッと安堵する。


 「大丈夫ですよ、お嬢様。聖女に選ばれたのですから」


 リラの言葉に、ランゼーヌはそうねと頷いた。


 「その事なのですが、もしかしたら聖女と認められない恐れもあります。いつもと違った精霊が、あの呪われた場所を指定したので、何か裏があると思われているかもしれません」

 『俺っちが何か企んでいると言うのかよ』

 「え……あの、精霊は何も企んでいないと思うわ」

 「いえ、精霊ではなくあなたがです。もちろん、そんな事はほぼ不可能なので大丈夫だとは思いますが……」

 「え……」

 『何だって? なぜランゼが疑わられるんだよ』


 クレイの言葉に、ランゼーヌがまた顔を青ざめさせた。


 「か、可能性の話です。あまりにも特殊だったものですから……」


 とんとんとん。


 「あ、来たようですね。今、お開けします」


 クレイが、ドアを開け軽く礼をする。

 部屋に司祭が二人入ってきた。一人は先程居た司祭だ。もう一人は、さきほど居なかった者。


 「枢機卿……」


 頭を上げたクレイが、小さく呟くのをランゼーヌの耳に届いた。


 (枢機卿って確か、偉い人じゃなかったかしら。本にそう書いてあったわ)


 ランゼーヌが、チラッとクレイの様子を見ると、緊張した様子を見せている。


 (もしかして、普段は来ない? やっぱり疑われているのね)


 「お、お嬢様……」


 厳しい顔つきの枢機卿の前に、ランゼーヌは更に顔を青ざめるのだった。

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