第9話 予想外の展開5

 ランゼーヌは、帰ってすぐに明日出かける用意を始めた。

 侍女のリラと執事長のバラーグは大喜びだ。


 「大変です、お嬢様!」


 慌てた様子のリラの声に、どうしたのとランゼーヌが振り向くと、リラはクローゼットを全開にしていた。


 「持っていくドレスがありません!」

 「そうだったわ」


 ドレスは、誕生日に買ってもらったものしかない。着れるのは去年の水色のドレスぐらいだろう。そうなると、今日着て行ったドレスと二着しかない事になる。

 普段は、ワンピースを着ているのでそれならあるので、後はそれを持っていく事にした。


 「仕方がないわ。どちらにしても間に合わないもの。どれくらい滞在するかわからないし、儀式の時には今日着たドレスを着ましょう。明日出かける時は、この去年のドレスで行くわ」

 「はい……」


 リラは、ランゼーヌの晴れの日なのにと、残念そうにする。


 「別に私は、ワンピースで十分よ。ドレスは苦しくて好きじゃないわ」

 「まあ、そうでしょうけど」


 クレイは、今日着たドレスを見ているのだ。それを儀式の日に着れば驚くだろう。

 まだ破談になったかわからないのだから好印象を与えたいと、リラは思っていた。なにせ、モンドと喧嘩をした直後だと言うのに、ここまで手配してくれたのだからランゼーヌを大切にしてくれるだろう。

 ただちょっと気になるとしたら、相手がモンドの友人だと言うところだ。

 喧嘩の内容を聞けば、同じような感覚の者だと容易に想像がつく。だが、夫人は常識を持ち合わせている様子。


 「ふふふ。明日が楽しみだわ」

 「そうですね。なんて言ったって王都ですものね」

 「え?」

 「うん?」


 ランゼーヌは、精霊の儀を受ける事が出来るのが嬉しかった。

 リラは、夢の王都に行けるのが楽しみだったのだ。

 二人は顔を見合わせて、笑いあう。


 『まあ、楽しそうだからいいか』


 あんな事があったからワンちゃんは心配していたが、当の本人はケロッとしたもので機嫌がいい。


 夕食時、アーブリーはモンドにずっと文句を言っていた。もちろんダタランダ語で。

 今は、ランゼーヌが言葉を理解できるので、ワンちゃんが訳す事はないが、わかるからこそランゼーヌはいたたまれなかった。


 『まったく。わざと放置したくせに。まあ自業自得だけど』


 次の日、クレイがネビューラ家まで迎えに来た。


 「お迎えに参りました」


 クレイが、昨日と同様に無表情でそう言うが、見た目は昨日と違った。

 腰に剣を下げ、銀の縁取りで白い騎士の制服を着用していて、昨日と印象が全然違う。


 「あ、ありがとうございます」


 (ちゃんと騎士に見えるわ)


 などと失礼な事を思うランゼーヌ。


 「とんだとばっちりだったな」


 アーブリーの横に並ぶアルドがにやりとして言った。


 「いえ。これも仕事の一部ですので」


 そう淡々とクレイは答える。


 「ふ~ん」


 アルドは面白くなさそうな顔つきをして睨むようにクレイを見ると、彼はその視線を受け止めジッと見返す。

 っちっと舌打ちをした後、アルドは視線をはずした。


 「あぁ、クレイ殿。おはよう。その……ケンドールは怒っているかな?」


 オドオドして、モンドが聞く。

 一日経って冷静さを取り戻したのだろう。


 「おはようございます。申し訳ありませんが、あれから父とは会っておりません」

 「そうか……」

 「では、ランゼーヌ嬢、お乗り下さい」


 そう言って、クレイは手を差し出す。

 馬車に乗る為につかまってという意味なのだが、もちろんエスコートなどされた事がないランゼーヌは、どうしたらいいのかわからず、リラを見た。

 リラは、力強く頷く。

 ランゼーヌは、意を決してクレイの手の上に手を乗せた。彼の手は、思ったより硬く大きい。

 馬車に乗り込んだランゼーヌは、今までにした事がない緊張をしていた。

 知らない人(昨日出会ったばかり)とリラの三人で、半日も一緒なのだ。先程までは、精霊の儀の事で頭がいっぱいだったが、馬車の中という狭い空間に入った途端、ふとそれに気が付いた。

 しかも相手は、婚約破談(たぶん)になった相手だ。


 リラが乗り込み、クレイも乗り込んで来た。

 一応、皆に見送られ馬車が王都に向けて出発する。


 (気まずいわ)


 しーんと静まり返った馬車の中、ランゼーヌは、どうしていいかわからない。リラと二人きりなら楽しくおしゃべりでもして過ごしただろう。


 「王都には……」

 「はい!」


 突然声を掛けられたランゼーヌは、声が裏返る。


 「……王都には、夕方に着く予定です。部屋の手配は行ってもらっていますので、そのまま宿に向かいます」

 「はい。わかりました」


 ふう。ランゼーヌはビックリしたと息を吐く。


 (うん? また見てる?)


 ふと視線を感じ、顔を上げればクレイと目が合うが、昨日と同様に目をそらされた。


 『本当に無口な奴だな。本当にあいつの友の息子なのか?』


 (うーむ。やっぱり変なのだろうか?)


 「ねえ、リラ。私の恰好って変?」


 ランゼーヌは、リラに耳打ちする。


 「ばっちりですよ、ランゼーヌ様」

 『かわいいぜ。ランゼ』


 耳打ちした言葉を聞き、ワンちゃんもそう答えてくれたが、今一自信がないランゼーヌだった。

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