第10話 騎士と令嬢1

 (あぁ、おしりが痛い)


 ランゼーヌは、今まで体験したことがない痛みと戦っていた。

 持って来た本を読んでいても、痛みで集中できない。


 「もしかして、おしりが痛いですか?」


 小声でリラがランゼーヌに聞く。ランゼーヌはそれに、こくんと頷いた。

 チラッと、クレイを見れば腕を胸の前で組み、背もたれに寄りかかり目を瞑っている。彼は、平気そうだ。


 『なんだ。しりが痛いのかよ。じゃ、ふんわりにしてやる』


 そう言うと、お尻の下の敷物がワンちゃんが言ったようにふんわりと柔らかくなった。


 「え?」


 驚きの声を上げたのは、リラだ。とつぜん座り心地が良くなったから驚いたのだ。


 「どうした?」


 二人が、座っている椅子を見て騒いでいると、クレイが声を掛けてきた。


 「あ、いえ……」


 ランゼーヌは、なんて答えていいかわからない。

 おしりが痛いと言うのも恥ずかしいし、突然敷物が柔らかくなったという事も言えない。


 「あぁ、痛いのはがまんしてほしい」

 「え……はい」


 ランゼーヌは、バレていたと赤面する。


 「大丈夫ですよ、ランゼーヌ様。みんな同じように痛くなりますから」

 「そ、そうなのね。彼は、平気そうだけど」

 「乗り慣れているのでは?」

 「なるほど」


 (慣れると痛くなくなるのね。でも私の場合は、ワンちゃんに頼めば良いってわかったから助かるわ)


 「ありがとう。ワンちゃん」

 『役に立ててよかった』


 ワンちゃんが嬉しそうに答えた。

 休憩と食事を挟み、ランゼーヌ達は無事夕方に王都に入った。


 「見て。人で溢れているわ」


 王都を行きかう人々を見て、ランゼーヌが驚いた様子を見せる。

 昨日、自宅からパラキード子爵家に行く道すがらと、ここまで来る間の道しか知らないが、ここまで人も馬車もいなかった。


 「何せ、国の中心の街ですからね」


 リラがそう答えると、そうねとランゼーヌは頷く。


 「見えてきた森林を背にした建物が王宮です。儀式は、あちらで行います」

 「わぁ、大きな建物ね……え」


 ランゼーヌは、王宮をマジマジと見つめた。

 ある一角が、七色に輝いて見える。


 (もしかして、大量の精霊?)


 ぱちぱちとランゼーヌは、目を瞬く。


 「どうしました? ランゼーヌ様」

 「ううん。す、凄いなぁって見ていただけよ」


 嘘ではない。凄いのは、七色に光る部分だが。

 馬車は、王都の奥へと進み、王宮に近い宿屋の前に到着した。


 「どうぞ」


 先に降りたクレイが、手を差し出す。緊張気味にその手に手を乗せ馬車からランゼーヌは降りる。


 「荷物は、宿の者がお持ちしますので、こちらへ」


 クレイの後を二人はついて行く。

 彼が近づくと、内側からドアが開けられた。


 「お待ちしておりました」

 「今日から泊まるネビューラ男爵令嬢です」

 「お部屋へご案内いたします」


 宿の者が、お辞儀をすると前を歩き出す。それに三人はついて行くと、二階へと上がる。その後を荷物を持った宿の者がついて来た。


 「こちらになります。お食事は、お部屋へお持ちしたします。ではのちほど」

 「あ、ありがとうございます」


 ランゼーヌは、礼を言って頭を下げた。

 クレイが、ドアを開けてくれて、入れと促す。

 シンプルな部屋だが、家より上品な家具が配置されている。


 「奥には、寝室と入浴の部屋がございます。手狭ですが、ここしか開いておりませんでしたので、ご了承下さい」

 「いえ。急だと言うのに、手配ありがとうございました」

 「儀式に掛かる交通費と宿泊費は、国で負担いたします。儀式の日程が決まり次第、お伺い致します。何か、ご質問はございますか?」

 「あ、えーと……」


 ランゼーヌは、知り合いというか婚約するかもしれなかった相手としてではなく、事務的な対応に戸惑った。


 「なければ……」

 「あの! クレイ様はどこにお泊りになるのですか?」

 「私は、宿舎がありますので」

 「そ、そうなのね」

 「もし、私にご用事がある場合は、宿の者に言って下さい。ここは、精霊の儀に来られる令嬢をお泊めする宿になっております」

 「そう、ですか。……今日は、ありがとうございました。お疲れ様でした」


 ランゼーヌは、礼を言って深々と頭を下げた。


 「………」


 顔を上げると、目を瞬くクレイが立っている。


 (あれ? 私、変な事を言ったかな?)


 「いえ、ランゼーヌ嬢こそ、お疲れ様でした。ごゆっくりお休みください」


 一瞬だが、クレイがにっこりと微笑んだ。


 (今、微笑んだ!!)


 軽く礼をすると、クレイはドアを閉める。


 「み、見た!? クレイ様が微笑んだわ!」


 ランゼーヌが、ドアを指さし興奮してリラに言うと、彼女はにんまりとして頷いた。


 「そうですね」


 ランゼーヌは、クレイが初めて笑ったと言いたかったのだが、リラは自分に微笑んでくれたとランゼーヌが喜んでいると思ったのだ。


 『あ! 俺っち、ちょっと出かけて来る』

 「え……」


 ワンちゃんの方を見ると、壁をすり抜け部屋を出て行った。


 「どうなさいました?」

 「ううん」


 (ワンちゃんも王都が珍しいのかしら?)


 ランゼーヌは、うーんと伸びをして、背筋を伸ばす。ずっと同じ体勢で座っていたので、身体のあちこちが痛い。


 「疲れましたね。先に湯あみをなさいますか?」

 「そうね」


 まずは、旅の疲れを癒す事にした。

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