第5話 予想外の展開1

 「おはようございます。お父さま、アーブリー様、アルド様」


 ランゼーヌは、15歳になっていた。

 すっかり大人びた彼女だが、結局は家庭教師はついていない。それでも、最低限の振る舞いは自身で身に着けた。


 「おはよう、ランゼーヌ。朗報だ!」

 「………」

 『またとんでもない事を言い出すんじゃないだろうな』


 モンドが言う朗報は、彼にとっての朗報であってランゼーヌにとっては朗報どころか区報の事が多い。


 「うふふ。よかったわね」


 まだ何も聞いていないと言うのにアーブリーが嬉しそうに言った。

 彼女は話を聞いているようだ。しかも、アーブリーにとってはいい話なのだろう。


 『嫌な予感しかしない……』


 ワンちゃんが、ジト目をしてモンドを見ている。


 「私の友人の息子との婚約が決まった」

 「え!!」

 「なんですと! 聞いておりません!」


 執事長のバラーグが驚いて、モンドに詰め寄った。


 「こういうのは、そう、サプライズだ」

 「サプライズにするのは本人のみでよろしいでしょう。いや、これはサプライズにする事ではありません」

 「煩いわよ、バラーグ。もう決まった事。15歳の誕生日プレゼントにドレスを買ったでしょう。あれを来て行きなさい」

 「………」


 あまりの事にランゼーヌは何も言えず、ぱちくりと目を瞬くだけ。

 どうせ家から出ないのだからと、ドレスは誕生日にしか買ってもらえないでいたが、今年のドレスは少し金額が張ったものだった。

 そう誕生日には、この話は持ち上がっていたのだろう。


 「明日、婚約の顔合わせだ」

 「明日ですと!」

 「明日って……」


 (よっぽどお金持ちの息子なのかしら?)


 ランゼーヌは、小さな頃と違いネビューラ家は、火の車だと知っていた。

 それを自分が受け継ぐ事になると思うと、ため息しかでない。そう思っていた矢先だ。

 15歳なら爵位を受け継げる。もしかしたら結婚と同時に、受け渡す気なのかもしれない。と言っても別にモンドが爵位を受け継いでいるわけではなく、席は空席のままだ。

 何かあれば、モンドが代理として色々こなしていた。だが彼は商売には向いていなかったようだ。

 年々赤字が膨らんで行った。


 (もしかして、支援を頼み込んだ? 友人だと言っていたし)


 そんな期待をしていると……。


 『あんまり期待してがっかりするのは、ランゼだからな。あいつには何も期待するな!』


 ランゼーヌの考えている事がわかったようで、ワンちゃんがそう言ったのだった。

 その後、部屋に戻ったランゼーヌに詳細を聞き出したバラーグが訪ねて来て話す。


 「お相手は、旦那様のご結婚前に交流があったご友人のパラキード子爵家の長男クレイ殿。結婚したばかりの姉と弟が居るようです。ただこちらの家系は騎士です。もちろんクレイ様も騎士だそうです」

 「騎士!?」

 『ほらな。言っただろう』


 子爵家なら男爵家よりは裕福だろう。だが、火の車のネビューラ家を支援出来る程ではないはずだ。

 しかも騎士の家系なら婿に来たとしても、一から覚えなくてはいけないので、はっきりといって最初は戦力にならない。

 それに、パラキード子爵家にとってメリットがないように思える。


 「ランゼーヌ様がネビューラ家を継ぐのだと、先程も釘を刺しましたが相手が嫡男となると嫁がせるつもりではないでしょうか……」


 ため息交じりにバラーグが言う。


 「お父さまもお解りになっていると思いますからそれはないと思いますが……」


 少々不安もあるが、そうランゼーヌは返した。

 爵位継承は、王家に提出して許可が通ると血縁でなくても爵位が継げる。裏を返せば、許可が下りなければ、血縁であっても爵位は継げない事になる。

 ネビューラ家もランゼーヌが継ぐまでに間があるから、その間だけモンドが爵位を継ぐと言う申請をしたが却下されたのだ。つまりネビューラ男爵家は、ランゼーヌしか継げないと言う事になる。

 それを知っていて、嫁がせる事はないだろうと思ってはいるが、どちらにもメリットがない婚約なのだ。不安しか残らない。


 「まったく旦那様は何をお考えなのでしょうか。まあアーブリー様にそそのかされて、こうなったとは思いますが」


 大体がそうなのだ。彼女に言われるまま行動してしまう。

 信頼しているというより、尻に敷かれているのだろうが、バラーグが行動する前に相談してほしいと口をすっぱくして言っても、アーブリーに黙ってなさいと言われればそうしてしまうから始末が悪い。


 嘆いていても婚約の顔合わせは明日だ。この日に、婚約が文書で執り行われる。つまり今は、仮の婚約だ。だが普通は、よっぽどの事が無ければ破談になる事はない。


 「とても言いづらいですが、お断りしてきて頂いてもよろしいでしょうか」


 今まで一度もバラーグが、ランゼーヌにお願いなどした事がなかった。

 頭を下げるバラーグに、ランゼーヌは慌てる。


 『俺っちもそうした方がいいと思うぞ』

 「バラーグ、頭を上げて。とりあえずどういう状況なのか聞いて判断するわ。もしかしたら商売とかに興味がある方なのかもしれないし」

 『そんなわけあるか。あの男の友人だぞ?』


 ランゼーヌの言葉にワンちゃんが突っ込みを入れる。苦笑いするしかないランゼーヌだった。

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