第3話 諦め令嬢の誕生3
「ランゼーヌ、聞いたぞ。
朝食の席に着いたとたん、モンドがランゼーヌにそう言って声を掛けた。
「え……?」
ランゼーヌは、意味がわからずキョトンとする。
「―――――――」
『食事での会話は、ダタランダ語で。生の発音を聞けて嬉しいそうですわ。って、そんなわけあるか!』
訳していたワンちゃんが、声を荒げた。
ランゼーヌは、まだ唖然として二人を見ている。
「あの……」
リラが、アーブリーの策略だと気づき、何かを言おうと口を開くと彼女に睨まれた。なので仕方なく口をつぐんだ。
「――――――――」
『だから僕だけでいいって』
(それって、家庭教師の事?)
「―――――――」
『そうだな。ランゼーヌがいいと言うなら……』
「お待ちください。旦那様」
会話に割って入ったのは、執事長のバラーグだ。
「家庭教師は、外国語を習うならお嬢様にも――」
「しかし、本人がそう言っているのだろう?」
「あなたが口出しする事ではありません!」
「――――――――」
『お嬢様の事は、アーブリー様の手を煩わせる事ではありません』
アーブリーは、バラーグがダタランダ語を話せる事に驚いた。
「もうよい。バラーグ。食事がすんだら書斎へ来てほしい」
「承知しました」
ランゼーヌは、何だか食欲がなくなった。
自分だけ蚊帳の外だと感じ、泣きそうになる。
殆ど残し、食べ終わっていないが自分の部屋へと戻る事にした。
去って行くランゼーヌを横目に、アーブリーはクスリと笑う。
◇
「家庭教師の件だが、まずはアルドだけでよい」
バラーグが部屋に訪れると、そうモンドが切り出す。
「しかし、旦那様」
「もしランゼーヌもと言うのなら、メイドを何人かやめてもらわなくてはいけなくなる」
「それはどういう意味でございましょうか」
モンドのセリフに、普段顔に出さないバラーグが、眉間に皺をよせた。
「わかっているとは思うが、今年は赤字になりそうなのだ。アーブリーが使用人を何人か連れてきているし、本来なら解雇したいのだ」
「なんですと……」
お金が赤字になったのは、経費として、館の改修を行ったからだ。
しかもそれは、商売に関係ないアーブリー達が住むための改修だった。
「黒字になったらすぐにランゼーヌにも家庭教師をつける」
「わかりました。その様に致します。ですが、お金がないのですからアーブリー様に掛ける経費はないと申しておいて下さいませ」
「……あぁ」
バラーグは、アーブリーが宝石などを買わないように、先手を打ったのだ。
「それと、奥様が使っていた本などを勉強の為に、ランゼーヌ様にお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、かまわぬ」
「ありがとうございます。では、失礼したします」
お辞儀をして、バラーグが出て行った。
はあ。とモンドは大きなため息をつく。
家庭教師の件は、本当はもう少し後の予定だったのだが、アーブリーに言われると断れなかったのだ。
バラーグに言ったように、使用人を解雇しようかと悩んでいた。そこにランゼーヌを後回しにとなり、その話に乗ったのだ。
モンドは、アーブリーに惚れていた。その彼女と結婚できたので、彼女の願いを叶えてやりたいと思ったのだが、宝石を買ってあげられなくなったのだ。
「うーむ。アーブリーが怒らないとよいが……」
今、モンドの頭の中は、アーブリーの事でいっぱいになっていた。
◇
「リラと言ったかしら? あなたはただの侍女。私達の話に口を突っ込まないで下さる?」
またもやランゼーヌの部屋を訪れたアーブリーがモノ申していた。
「申し訳ありません」
素直にリラは、アーブリーに頭を下げる。
反抗をして、ランゼーヌにも被害が及ばないようにだ。
「それと、この男爵家を将来継ぐのはアルドよ。この子は、モンドの子で嫡男なのですから」
「いいえ。アーブリー様。将来継ぐのはランゼーヌ様でございます」
『なんだと~。うん?』
あらぬ方向から声が聞こえ全員が振り向くと、執事長のバラーグがワゴンを押しティーを持ってきた所だった。
「あらあなた、そんな事もしているの?」
「ついででしたので」
ワゴンの下の台には、箱が乗せてある。モンドから許可を取った本が入れてあった。
「さきほどの件ですが、だんな様は婿でございます。ですので、ネビューラ家を継ぐのはランゼーヌ様になります」
「ふん。たかだか男爵家の執事が偉そうに」
つんとして、アーブリーはアルドを連れ去って行く。
「大丈夫でございましたか?」
「はい。ありがとうございます。不甲斐なくてすみません」
「リラは悪くないわ。でも、婿って? お父さまが婿だと私が継ぐものなの?」
「そうですね。お話しましょう。まずは部屋にはいりましょうか」
「はい」
部屋に入ると、バラーグが持ってきたティーをリラが注ぐ。
ランゼーヌがそれを一口、こくんと飲んだ。
緊張していたのか、思ったより喉が渇いていたようで、ホッと息をついた。
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