第3話 諦め令嬢の誕生3

 「ランゼーヌ、聞いたぞ。先に・・外国語を覚えたいそうだな」


 朝食の席に着いたとたん、モンドがランゼーヌにそう言って声を掛けた。


 「え……?」


 ランゼーヌは、意味がわからずキョトンとする。


 「―――――――」

 『食事での会話は、ダタランダ語で。生の発音を聞けて嬉しいそうですわ。って、そんなわけあるか!』


 訳していたワンちゃんが、声を荒げた。

 ランゼーヌは、まだ唖然として二人を見ている。


 「あの……」


 リラが、アーブリーの策略だと気づき、何かを言おうと口を開くと彼女に睨まれた。なので仕方なく口をつぐんだ。


 「――――――――」

 『だから僕だけでいいって』


 (それって、家庭教師の事?)


 「―――――――」

 『そうだな。ランゼーヌがいいと言うなら……』

 「お待ちください。旦那様」


 会話に割って入ったのは、執事長のバラーグだ。


 「家庭教師は、外国語を習うならお嬢様にも――」

 「しかし、本人がそう言っているのだろう?」

 「あなたが口出しする事ではありません!」

 「――――――――」

 『お嬢様の事は、アーブリー様の手を煩わせる事ではありません』


 アーブリーは、バラーグがダタランダ語を話せる事に驚いた。


 「もうよい。バラーグ。食事がすんだら書斎へ来てほしい」

 「承知しました」


 ランゼーヌは、何だか食欲がなくなった。

 自分だけ蚊帳の外だと感じ、泣きそうになる。

 殆ど残し、食べ終わっていないが自分の部屋へと戻る事にした。

 去って行くランゼーヌを横目に、アーブリーはクスリと笑う。



 「家庭教師の件だが、まずはアルドだけでよい」


 バラーグが部屋に訪れると、そうモンドが切り出す。


 「しかし、旦那様」

 「もしランゼーヌもと言うのなら、メイドを何人かやめてもらわなくてはいけなくなる」

 「それはどういう意味でございましょうか」


 モンドのセリフに、普段顔に出さないバラーグが、眉間に皺をよせた。


 「わかっているとは思うが、今年は赤字になりそうなのだ。アーブリーが使用人を何人か連れてきているし、本来なら解雇したいのだ」

 「なんですと……」


 お金が赤字になったのは、経費として、館の改修を行ったからだ。

 しかもそれは、商売に関係ないアーブリー達が住むための改修だった。


 「黒字になったらすぐにランゼーヌにも家庭教師をつける」

 「わかりました。その様に致します。ですが、お金がないのですからアーブリー様に掛ける経費はないと申しておいて下さいませ」

 「……あぁ」


 バラーグは、アーブリーが宝石などを買わないように、先手を打ったのだ。


 「それと、奥様が使っていた本などを勉強の為に、ランゼーヌ様にお持ちしてもよろしいでしょうか?」

 「あぁ、かまわぬ」

 「ありがとうございます。では、失礼したします」


 お辞儀をして、バラーグが出て行った。

 はあ。とモンドは大きなため息をつく。

 家庭教師の件は、本当はもう少し後の予定だったのだが、アーブリーに言われると断れなかったのだ。

 バラーグに言ったように、使用人を解雇しようかと悩んでいた。そこにランゼーヌを後回しにとなり、その話に乗ったのだ。

 モンドは、アーブリーに惚れていた。その彼女と結婚できたので、彼女の願いを叶えてやりたいと思ったのだが、宝石を買ってあげられなくなったのだ。


 「うーむ。アーブリーが怒らないとよいが……」


 今、モンドの頭の中は、アーブリーの事でいっぱいになっていた。



 「リラと言ったかしら? あなたはただの侍女。私達の話に口を突っ込まないで下さる?」


 またもやランゼーヌの部屋を訪れたアーブリーがモノ申していた。


 「申し訳ありません」


 素直にリラは、アーブリーに頭を下げる。

 反抗をして、ランゼーヌにも被害が及ばないようにだ。


 「それと、この男爵家を将来継ぐのはアルドよ。この子は、モンドの子で嫡男なのですから」

 「いいえ。アーブリー様。将来継ぐのはランゼーヌ様でございます」

 『なんだと~。うん?』


 あらぬ方向から声が聞こえ全員が振り向くと、執事長のバラーグがワゴンを押しティーを持ってきた所だった。


 「あらあなた、そんな事もしているの?」

 「ついででしたので」


 ワゴンの下の台には、箱が乗せてある。モンドから許可を取った本が入れてあった。


 「さきほどの件ですが、だんな様は婿でございます。ですので、ネビューラ家を継ぐのはランゼーヌ様になります」

 「ふん。たかだか男爵家の執事が偉そうに」


 つんとして、アーブリーはアルドを連れ去って行く。


 「大丈夫でございましたか?」

 「はい。ありがとうございます。不甲斐なくてすみません」

 「リラは悪くないわ。でも、婿って? お父さまが婿だと私が継ぐものなの?」

 「そうですね。お話しましょう。まずは部屋にはいりましょうか」

 「はい」


 部屋に入ると、バラーグが持ってきたティーをリラが注ぐ。

 ランゼーヌがそれを一口、こくんと飲んだ。

 緊張していたのか、思ったより喉が渇いていたようで、ホッと息をついた。

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