第2話 諦め令嬢の誕生2

 「ねえ、あなた。アルドに将来の為に家庭教師を付けたいの。いいでしょう」


 ディナーの席で、アーブリーがモンドにお願いをする。


 「そうだな。この国についても知る必要もあるだろう」

 「ふふふ。良かったわね。アルド」

 「はい。お母さま」

 「では、お二人の家庭教師を手配致します」


 壁際に立っていたネビューラ男爵家の執事長バラーグがそう言った。

 彼は、ティーゼの父親の代から務め、灰色の髪にはよく見れば白髪が混じるが、眼鏡の奥から覗く灰色の瞳は鋭く、老いて頼りない感じはない。


 「そうだな。頼む」

 「………」


 アーブリーが、余計な事をと髪と同じ茶色い瞳を細め、バラーグを睨んだ。

 バラーグは、素知らぬ顔をして立ったまま。


 (私にも家庭教師がつく)

 そんなやり取りが行われているなど気付かずに、ランゼーヌは喜んでいた。

 ティーゼが、もうそろそろランゼーヌに家庭教師をつけると言っていた矢先に亡くなったのだ。そしてそのまま一年が過ぎていた。

 文字の読み書きなどは、直接ティーゼが合間を見て教えてくれていたので、それは問題ない。


 「楽しみですね、お嬢様」

 「うん」


 部屋に戻るとリラにそう言われ、ランゼーヌは嬉しそうに返事を返す。

 男爵ではあるものの商売を営んでいるネビューラ家は、あまり裕福とは言えない。特にティーゼが亡くなってからは、あまり上手く行っていなかった。

 もちろんそんな事は、ランゼーヌは知らない。


 とんとんとん。

 もう寝るだけとなったランゼーヌの部屋のドアをノックする音。

 ランゼーヌとリラは顔を見合わせる。

 残念な事に、よっぽどな事がない限り父親であるモンドが、ランゼーヌの部屋を訪ねる事がなかったからだ。


 誰だろうと、リラは「はい」と返事を返しドアを開け、目を見開く。

 そこには、アーブリーとアルドが立っていた。


 「よかったわ。まだ起きていたのね」

 「―――」

 『ガキだからもう寝てるかと思った』

 「――――――」

 『見て、やっぱりわからないみたいよ』


 アーブリーがまだ起きていたと言うと、隣のアルドが知らない言葉でアーブリーに話しかけた。それにも知らない言葉で彼女は息子のアルドに返す。

 何と言っていたかは、ワンちゃんが訳してくれたからランゼーヌは知る事が出来たが、なぜ知らない言葉で話すのか理解できないでいた。


 「あら? もしかしてわからないのかしら? 私の故郷ダタランダの言葉よ」


 アーブリーの言葉に二人は唖然とする。

 ダタランダは、リタージリ国の隣国だ。まさか隣国から来たとは思ってもいなかった。


 「アルドは、問題なくこちらの国の言葉も話せると言うのに。やはり後を継ぐのはこの子ね」


 愛おしそうにアルドを見た。


 「お、お義母さま……」

 「母ですって!」


 ランゼーヌが話しかけると、アーブリーは彼女を睨みつける。ランゼーヌは、ビクッと肩を震わせ、涙目だ。

 今まで誰かに睨まれる事などなかった。父親のモンドは、あまりランゼーヌに関心がないようだったが、睨んだ事は一度もない。


 「あなたに、母親呼ばわれするなんて、虫唾が走る!」

 『こいつ! ランゼになんて事を言うんだ!』


 アーブリーの言葉に、ランゼーヌは更にショックを受けた。

 モンドは、アーブリーを母親代わりだと紹介したのだ。それなのに拒絶されればショックも受けるだろう。


 「いい? 家庭教師を付けたいのならせめてダタランダ国の言葉を話せるようになってからにしてちょうだい。あなたに割くお金などないの」

 「え……」

 「お言葉を返すようですが、それこそ家庭教師をつけて……」

 「おだまり! あなたが口を出す話ではないわ。それと、モンドがいない日中は、部屋から出ないでちょうだい。そうね、一人でお勉強でもしていなさい」


 言いたいことだけ言うとアーブリーは、パタンとドアを閉めた。

 二人の笑い声がドア越しに聞こえる。


 『あいつら……』


 ぷんぷか怒るワンちゃんは、ドアの向こう側に消えていく。


 「お嬢様。大丈夫です。こんな横暴、旦那様が許さないですよ。家庭教師だって、旦那様が許可された事なのですから」


 泣き出したランゼーヌを優しくリラが抱きしめる。


 『こいつよくもランゼをバカにしたな!』


 「うわぁ」

 「きゃー」


 アルドとアーブリーは、二人して盛大にこけた。


 『ぎゃははは。思い知ったか』


 ワンちゃんは満足して、ランゼーヌの部屋へと戻る。

 リラに抱きしめられて泣くランゼーヌの頬にピタッと引っ付いた。


 『あいつら盛大に転ばしてやった。ちゃんと俺っちが成敗してやるから、もう泣くな』

 「……ありがとう」


 ランゼーヌは、なんとか笑顔を作るのだった。

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