第10話 疑い深い疑井さんは、地獄にいきそうになる

「あの兜」


 スレンダー女神は、連れ去れた勇者候補の少女を捜索中、雑踏の中で、見覚えのある兜を見つけたが、

 その持ち主が、少女ではなく男であることに気づき、興味をなくす。


「うーんマントも剣も、似てるのよねーでも、男だし。気のせいか。安物だからどこでも売ってるものだしね!」


 スレンダー女神は、若干あほだった。


「……」

「た、田中さん」

「しゃべるなと言ってるだろう」

「で、でもさっき女神さまの声聞こえましたよね」

「俺たちの変装は気づかれなかった、心配するな」


 大きすぎる兜をかぶり、マントを羽織り、マント内に少女を隠すという原始的な方法であばら家を脱出すると、そのまま街を歩いているのだった。


「このまま空港を探す。もしくは日本大使館を探すぞ」

「は、はい。でもちょっときついかもです」

「どうした?」

「もう腕に力が……」


 とずるずるとマントからずり落ちてくる。


「くそ、俺としたこそが、縄の締め付けが弱かったか」


 立て直そうと、路地裏に身を隠そうとして、


「いたぞー!」


 施設にいた男の一人、スキンヘッドにあっさり見つかってしまった。

 その声を聞きつけたのだろう、革の鋲付きのジャケットを着た悪党どもが瞬く間にぞろぞろと集まってくる。


「囲まれた」


 緊張を隠すように少女の手を固く握りしめる。


「な、さっきの男! やるわね。私の目を欺くとは」


 痩せたほうの女神が甲高い声で叫ぶ。


「はあ? あんたの目腐ってるの? どうみてもわかるじゃない」


 グラマラスなほう、自称女神のほうも呆れ顔でやってくる。

 絶体絶命だ。


 走ってきたのか、筋骨隆々のカウンター内にいた男が息を切らせながらいう。


「あ、姉さん! 報酬は弾んでくだせえよ」

「わかってるわよ。あんた、あと、その言い方やめて。私は女神なのよ」


 嫌そうに自称女神。

 疑井さんは気が付いた。


「ちっ。この女は、盗賊の頭領だったのか。宗教だと勘違いしていた」

「盗賊、なわけないでしょ!!」

「タナちゃん。戻って。お願い。あなたは勇者なの。この世界はあなたの力が必要なの」

「女神さん……」


 少女、田中が前に出る。


 そして凛とした態度で問うた。


「お、教えてください。こちらの……た、田中さんがいうには、あなたたちは私を利用しようとしていると」

「そんなことない! 力を貸してほしいだけ」

「……」

「タナちゃんの力はすごいのよ。あなたは魔王を倒せるの」

「魔王なんて、私……無理です」

「そんなことない!」


 二人のやり取りを聞きながらぼやく。


「いまいち頭に入ってこない会話だな。何が凄いんだ、どういう力がこの子にあるんだ。魔王ってなんだ、比喩でいうな。具体的に言え」


 疑井さんは顔をしかめるが、誰も答えてくれない。


「あれ、あんた田中だっけ……?」

 自称女神が首をかしげる。


「うちの子も田中よ! タナちゃんは、田中のタナ」

「同じ名前とは、ややこしいわね」


 女神たちが揉めだすのをみて、疑井さんは説明する。


「いいか、良く聞け。力を貸せというのは奴らの常套手段だ。最初簡単な頼み事から入ってくる。そして大金をくれたりするんだ。だが、ここから地獄の沼が始まる」

「じ、地獄」


 ごくんと喉を鳴らし、少女は顔を青ざめさせた。


「ああ、犯罪に巻き込むんだ。そしてそれをネタに脅し、もっとえげつない犯罪をさせられる。まるで自らの墓穴を掘るようにな。それから気が付けば――」


 周囲を取り噛む革の鋲付きのジャケットを着ている男たちを指さす。


「あんな感じになるんだ」

「怖い」


「おいおい、嬢ちゃん。オレたちは冒険者だぜえ?」


 心外だとばかりに騒ぎ始める男たち。


「ああやって、頭の悪そうな女たちにアゴで使われるんだ、わずかな報酬でな。日本では一度闇に落ちた人間はそう簡単に這い上がれない。陽の光を浴びて生きたいだろう?」


 こくこくと頷く少女をみて満足げに笑う。


「頭の悪そうな女……」


 顔をひくひくさせながら自称女神は、


「あんたいい加減にしなさいよ。あんたは本当は死んでるのよ! それをこの私の力で助けてあげて、転生させてあげたっていうのに、どういう了見よ!」


 激高しながら荒唐無稽なことを言い捲し立ててくる。

 それを見ながら二人は引く。


「ほらみろ」

「ほんとだ……怖い」


 自称女神は、唾をまき散らしながら怒鳴る。


「いい加減にしろ、田中!」

「……呼ばれてるぞ」

「え? 怖い」


 少女がびくつく。安心させるように疑井さんは、彼女の手を握った。

 その光景を見た自称女神は、こめかみをぴくぴくと動かしながら、絶叫した。


「あんたよっ! この子じゃなくて、あんたのことよ!」

「よくわからんな?」


 不思議そうにする疑井さん。


 自称女神は、大きくため息をつくと頭を振った。


「……もうわかった。もういい。私は自分の非を認める。あなたを転生させようとしたことが失敗。あまり使えないのだけれど、この世界で一度だけ使える奇跡を見せてあげる。あなたは地獄世界へ転生するの」


 そういうと厳かな雰囲気を纏う。



 風があたりに漂い、神聖な光が彼女から照らし出される。


「む?」


 突然周囲の雰囲気が変わり戸惑う疑井さん。


 空を見上げると急速に雲が流れ出している。


「ゲリラ豪雨か? 今日は折り畳みを持ってないな」

「せ、先輩!?」


 焦った様子のスレンダー女神。


「まさか、最終手段を?」


 集中している自称女神は、それには答えず続けている。


 天より差し込む光が彼女の金髪を美しく照らしていた。彼女は両手を胸の前で組み、心の奥底から湧き上がる祈りを込めて呪文を唱えた。



 そして疑井さんを指差す。


「天の光よ、我が声に応えよ。この者、田中の転生を取り消し、黄泉の世界へと誘う。供物とするのは我が運命。フェルカノス・ルナ・オルド・アズラエル、ティラ・ノクトゥム・エテラ・サングイン!」 


 その瞬間、柔らかな光が自称女神の周囲を包み込み、まるで天使の翼が広がるように輝きが広がった。光は次第に強まり、空間全体を浄化するかのように満ちていった。


 自称女神は目を閉じ、深い祈りの中で命じた。


「光の使徒よ、我が前に降り立ち、我が望むままに輝け」

 自称女神の声は静かに、しかし確かな力強さを持って響いた。


 光の中から純白の天使が姿を現し、その神聖な輝きで疑井さんを照らした。


「む?」


 強い白い光に包まれたものの、何も変化は感じない。


「ちぃっ。今は日焼け止めも用意していない状況だ」


 と光から避けるように走る。


 その様子を見ながら、勝ち誇った様子の自称女神。


「女神セレスティアよ」


 唐突に、天から重厚な声が響く。


「ああ、父なる神よ」

「……貴女の願いは、成し遂げられぬ。しかし供物は捧げられた。よってそなたの運命は捻じ曲げられる」


 悲痛な女の叫びが聞こえる。


「ど、どうしてですか!父なる神?」


 彼女の顔が歪んだ。


「そなたの神聖魔法のターゲットは」


 あくまで厳かに、厳粛に声。


「田中ではないからだ」


 自称女神は呆然とした。

 田中、ではない?

 疑井さんの顔を見直す。


「……」


 疑井さんは、真剣な顔で頷いた。


「田中は仮名だ。誰が犯罪者に本名を名乗る」


 天から気配が消え、自称女神は道端で膝をつく。


「そんんあああああああああああああああああっ」


 女神から見えないが確かに何かが天へと吸い込まれていく。


「わ、私の力が失われる……」


 わなわなと手を震わせた。



 しかし、その様子を見て、はしゃぐ者の姿。


「あっれー、せんぱーい。どうしちゃったんですかー☆」


 スレンダー女神は、ここぞとばかりにはりきった。

 ツインテールが、彼女の機嫌を表すように、ぴょこぴょこと機嫌よく揺れ踊っている。


「神力なくなっちゃってますよー☆」

「う、うるさい!」

「もしかしてー。ただの人になっちゃいました?☆ ま、どうでもいいか」


 地べたに倒れこむかつての先輩を見下ろす。


「そんなことよりもタナちゃーん、一緒に魔王んとこいこ?☆ あれ? いない!」


 再び二人の姿は忽然と消えていた。

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疑い深い疑井さんは、異世界転生したが、疑い過ぎて進まない ゆうらいと @youlight

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