第9話 疑い深い疑井さんは、田中にする

 手を取り合って、逃げていく二人をぽかんと見送りながら、二人の女神は立ち尽くしていた。

 油断していたわけではない。


 だが、異世界転生においてギルド入りが、一つのマイルストーンであり、連れてくることがえできたという事実が慢心を生んでいたのかもしれない。


「ちょっと!! 先輩のところの客でしょ? なんてことしてくれたのよっ」


 一回り年下の女神が怒鳴ってきた。

 正直、童顔なだけで、大したボディでもないし、実績も低く、若いだけだと、下に見ていた女神にそのような口のきき方をされてかちんときていた。


「は? あんたのところの小娘がなんか仕掛けたんじゃないの?」

「うちらが悪いって言いたいの?」

「逆にこっちが被害者だっつーの。ようやく、その気にさせたってのに」


 二人顔を近づけて、歯をむき出しに睨み合う。


 カウンター越しに屈強な男が、見かけに反して優し気に言ってきた。


「女神様たち、どうですか? ここらで未来を見ては」


 両手で媚びを売るような仕草をする。


「あ?」

「半端なこといってんと、ブチかますぞ。地獄世界に転生させるぞ、こら」

「……怖い怖い」


 男はにっこり笑ったまま、続ける。


「いえね、我々冒険者ギルドに、ご依頼いただければ、総出をあげてお手伝いしますよと言いたくて」


 女神は今更ながらに我に返り、肩越しに後ろを見やった。


 するとそこには、武装した男たちが不敵な笑みを浮かべていた。

 

  ◆


 疑い深い疑井さんは、異世界転生した。 


 先ほどの怪しげな施設から逃げ出し、手ごろな空き家に逃げ込んでいた。

 この町の住人は、不用心ながら鍵をあまり掛けないらしい。

 今回はこれが助かったのだが。


「あの」


 恐る恐るという感じで、先ほど連れ出した少女が口を開く。


「ほ、本当なんでしょうか? 私たちが拉致されてきたって」

「十中八九な」


 疑井さんは、隙間から外の様子を見ながら答える。

 特に怪しい動きはない。

 誰にも見られていない。


「君、名前は?」

「私はタナ……田中です」


「そうか、リスクの低そうないい名前だ」

「そ、そうですか? 私は名前被りが多くて嫌でしたけど」

「名前が被るということは、万一本名がバレても、身バレしにくいということだ。俺は目立って仕方ない」


「そ、そうなんですか……では、お名前お聞きしても?」


 疑井さんは、隙間から目を離し、少女を一瞥する。


「言っただろう、俺の名前は悪目立ちする可能性が高い。ただ、名前がないとお互い不便だな、俺も田中にするか」


「え?」


「田中と田中なら、敵からも欺けるかもしれん」


「……え?」


 しかし、疑井さんは、本気だった。


「ん、あいつら」


 隙間から見える外の様子。

 先ほどの施設内にいた人相の悪そうな男たちだ。明らかに人を探すような素振りを見せている。それを見ながら舌打ちする。


「追っ手だ。敵も本気を出してきたということか」


「あ、あの、た、田中さん」

「なんだ、田中」

「これからどうしま、すか? すぐばれちゃいそうですけど」


 と周囲を見回す。


 たまたま人がいなかった空き家だ。住人がいつ戻って来るやもしれぬ。


「わかっている。手は考えている」


 その目は、少女の大きすぎる兜に向けられていた。

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