放課後

浦辺が自分の頭をさすさすしながら、フライドポテトを食べているのを私はのんびりとながめていた。

図書室で一緒に勉強しようとしたのだが、何をテンション上がっているのか大声で話しかけてきたので一回ごとにジーニアス英和辞典第五版でおしおきしたのだ。

「ったく…」

「あんたが悪い」

「そうかもしんねぇけどさぁ、手加減しろよなぁもうちょっと」

駅前のマックを大勢の人が通り過ぎていく。店内に飾ってある店員のお手製のカレンダーでは雪だるまが飾られているが、残念ながらこの土地では12月に雪はほぼ降らない。


「ちょっと」

「ああ?」

「12月に雪が降る国ってどこだろね」

「は?…普通に北欧とかじゃねーの」

「北欧ってどこよ」

「いやしらん…。チュニジア?あれはあったかい国か」

「ふーん」

「行きたいのか?」

「チュニジアに?」

「いや、雪が降る国」

「さーねー。どーだろねー」

「なんなんだよ…。どうせまたこの前の事件考えてたんだろ」


図書室密室消失殺人未遂事件(私が名付けた)から10日が経ってもなお、喉にささった小骨のように私の中から消え去ることはなかった。

やはり、二つの謎が私の胸に残ったのである。


警察はあまり動いている様子がなかった。

対して関心もないようだった。

指名手配のポスターか何かも(恐らく)個人情報の影響で貼られることはなかった。

クラスメイトの会話でも、事件が発生して数日は持ちきりだったが、さすがに10日も経つと減少傾向にあった。

私がいなくなったりしても、そうなのかと思うと切なくもあった。


「ま、どこ行ったかなんて俺たちが考えてもしょうがねーし。警察にまかせて俺らは俺らの事すりゃいいじゃん」

「そだね…」

窓を眺める。

「あ」

灰色の空から、小粒ではあるものの、雪がちらほらと降ってくる。

「おおー」

めずらしい。今年は暖冬だというのに。

「冬らしくなってきたじゃん?」

浦辺の言葉に返事を返そうとする私の目の前に、鹿が通りかかった。

「??」

なんだこれは。

私は鹿がマックの窓を横切るのを顔を動かしながら見た。

浦辺は半笑いになっていた。浦辺はショックな事が起こると笑うのだ。

「今の見た?」

「見た見た。動物園から脱走したのかな?」

私店を出て、走り出す。

「おぉい!」

石畳が続く道を走る。鹿は少し行った先の道を曲がり、さらにお尻を振りながら歩いていた。

そして鹿は、公園へと入っていった。


公園は川沿いに立てられていた。

橋を渡り、なだらかな坂を下っていく。

道端の草を食べ、歩く鹿を見る。

鹿ってこんなのだっけ。

修学旅行で一度奈良に行ったこともあったが、もっと小柄だった気がする。

やがて鹿はなにかのにおいを嗅いだかと思えば、小走りに走り出した。

その先に、戸永がいた。


「おひさ」

「おひさじゃないよ。どんだけ心配と迷惑かけてんだよ」

「はっはー。ごめんごめん」

「私にはとくにかけられたからね」

「ま、この前唐座さんが言ってた事と大体同じでさ、家も出たかったし叶えたい夢もあったからしょうがなかったんだ」

戸永がなにか箱のようなものを作っていた。傍には大きな袋を持っていた。

「あの時、いたの?」

「そだね」

「どこで聞いてたの?部屋の外?」

「まぁそうといえばそうかな。」

戸永は箱の中に入った。

「この前の推理、お見事だったけど違うところもあったよ」

「え?」

「あんな小難しい事をやるのは性に合わないからね。窓からこんな風に逃げ出したんだ」

いつのまにか手綱を握りしめていた。

「最後に、内緒にしてた事を教えてあげる。僕がなりたかったのは…」

戸永は赤い三角帽子を被り、袋を背中に背負い、手綱を引っ張る。

戸永の乗った箱、いやソリは動き出す。思い出した。あれはトナカイだ。

トナカイは坂を駆け出し、発射台のように空へと舞い上がった。

夜になろうとしている深い青い空へと戸永は走り出した。

私の後ろから走ってかけてきた浦辺と私は口をあんぐりあけてそれを見つめていた。

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本と鍵の季節 微糖 @Talkstand_bungeibu

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