三時間目 英語 次の英単語を日本語に訳せ「locked room murder」
土曜の4限が終わり、昼過ぎ。
うちの学校では希望する生徒は授業に出席することができる。
私は希望していないが、親が問答無用で出席させる為にしかたなく貴重な学生生活とやらを数式に費やすのだった。
莉央のトランペット(だったっけ)が人気の少ない校舎に鳴り響いてるのを何時間にも渡って聞き続けると、親友がまっすぐな眼差しをしているにもかかわらずうんざりしてくる。早く帰って動画でも見たいものだ。
「遥?」
「は、はいはい?」
「ちゃんと聞いた?」
「あ、あったりまえじゃーん…。全然前よりいい感じだよ。これならコンテストいけんじゃない」
相変わらず疑った視線を向けたままだが、何か?という表情は崩さないでおく。
「これなら私いないほうが集中できるかもね。ちょっと図書室行ってくるわ」
「えー…。人に聞いといてもらった方がいいのに」
「甘えるんじゃないよ。終わったら呼びに来て」
位置関係的にいうと今いる場所が3階、3-Bの部屋だ。階段を上がってすぐの場所が我らが憩いのスペース、図書室。この棟の4階は他に何も教室や部屋はなく贅沢にワンフロアまるまる利用している。
階段を登り図書室のドアを開く。変わらない顔があった。
「また会ったね」
「土曜日だってのにまた図書委員の仕事してるの?」
「しょうがないよ、今日は人も少ないし寂しいから来てくれてよかったよ」
「別にあんたの話し相手になりにきたわけでもないけどね」
そうなのだ。昨日まさにいいところで時間がきた本の続きがあるのだ。
こういう時間があるから土曜日の授業も悪くない。
「唐座さーん」
なんっだよ。今いいところなのに。
無言無表情無関心の視線で見つめる。
「ちょっとまたたのまれてよ」
「聞くだけ聞く。なに?」
「準備室の鍵、職員室に返さないといけないんだけどさ。受付カウンター離れられないから返してきてよ」
「はぁー?いいじゃん誰も人こないし。人来たら追い返してあげるって」
「そういうわけにもいかないよ。お願い!一瞬でいいからさ」
まぁ。開けてもらっている手前断るのもよくないか。
あいつの仕事なのになぁ。
職員室に鍵を返してすぐに進路についての課題の提出し忘れに気づく。
抜き足差し足、得意のインパラウォークで職員室を出る。なんとはなしに教室に入ると、また知った顔を見つける。
「よっ」
浦辺だった。
「おぉ」いつになく物憂げな顔つきだった。なんだこいつ。
「なにしてんの。やることないならとっとと帰んな?」うつむく。
進路についてのプリントだった。浦辺も未提出らしい。
「提出忘れててさ。どーすっかなーって」
意外と律儀なところあるらしい。私は週明けでいいかと思ってたのだが。
「俺、部活もやってないしさ。ふつーに進学でいいかなと思ってんだけどどこにしよっかなーって」
「あんたでも迷うことあるんだ。めずらし」
「唐座はどうすんだよ?」
急に名前を呼ばれる。
「唐座と同じ高校でいいよ」
「…やっぱあんたストーカーじゃん」
「そういうんじゃなくて」
遠くで犬が鳴いた気がする。
「…ったく。自分の進路なんだから人に頼ってないで自分で考えな」
教室を出る。
視線がついてきた気がした。
「今度までに考えとくから。月曜出そ」
ったく。
3階から図書室へと上がる階段でまだサックスの音は響いていた。
人の少ない校舎で、いつもよりも音は反響していたようだった。
静かすぎる自然の音の中の音色は美しさと同時にどこか不気味でさえあった気がした。
図書室に着く。色々あったがとりあえず下校するまではもう一度本の世界の中に入ることにしよう。
「?」
行く時にはドアを開けたままにしていたが、もう一度閉まっていた。戸永が閉めたのか?
「とながー…?」
ドアを開ける。
部屋の中央に、戸永は横たわっていた。
2秒ほどのラグがあっても動かない戸永を見て、駆け寄る。
「戸永!」
揺さぶる。動かない。外傷はないようだが、意識が無いみたいだ。
なんてこった。
何があったか分からないが、戸永が危ないことは間違いない。
と、同時に不安感が襲う。
戸永に危害を振るった人物が校内に残っているのだ。
恐らく、すぐ近くに。
「先生!」
来た道を直ぐ様引き返し、職員室へと走り込む。
職員室の中は部活や何かで帰っている生徒も多いようだった。
「唐座ぁ、お前進路のプリントまだ出してなかったろぉ」
広尾先生だ。
「先生、戸永が…!」
事情を話し、二人で走る。
「確かだな?」
広尾先生が二段飛ばしで階段を渡る中尋ねてくる。
「はい、間違いないです!」
息を切らしながら階段を抜けていく。
弾けるような心臓の鼓動と不釣り合いにゆったりとしたサックスが響く。
そのままぶつかるようにドアを押して開くと。
そこには。
戸永の姿はなかった。
「…誰もいないぞ」
さっきまで確かにあった戸永の姿はない。
いつもと変わらない、仄暗い図書室があるだけだ。
「そんな、さっきは確かに戸永が床で倒れてたんです」
先生は奥まで進んでいく。
「奥にもいないみたいだ…。分からないが、メシでも食べてるんじゃないか?」
「だってさっき、カウンターを離れちゃ駄目だって言ってたし、何よりさっき倒れてたんですよ」
「昼寝かなんかだろ。まったく、慌てて損した。お前も用ないならさっさと帰れ」
「そんな…」
「いやー、ごめんごめん」
莉央が慌てて戻ってきたのは4時ごろだった。
「…」
「ちょっとー、怒んないでよ。ついつい盛り上がっちゃってさ」
「莉央」
「ん?」
「上から誰か下りてきた気配って感じた?」
「いや?遥と先生以外は見てないよ?」
「そう…」
なんだが不安な気持ちを抱えたまま、私は図書室がある校舎を外から眺めた。
私たちが中にいた事が不思議になるほど、学校はここからは小さく見えた。
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