二時間目 現社 将来の夢についてあなたの考えを述べよ

40ページ。結構読んだな。本を膝の上に置き、大きく伸びをする。

図書室を見渡す。

今座っている閲覧席。生徒が二人座って勉強している。入り口手前にはカウンターがあり、中で戸永が座っている。閲覧席の右手には大きめの窓があり、下では陸上部が練習をしている様子が見渡せる。それ以外の壁はぐるっと本棚で囲まれており、奥を覗くとやはりスチール製の本棚がずらっと並んでいる。

部活をサボりがちになってから来るようになったからまだ新鮮だが、こことももうすぐお別れだ。

「唐座さん」

大いに驚く。戸永だ。一体いつ移動した?

「よかったら手伝ってくれない?」

見ると大きめの脚立を持っている。

「なに?」

「本の在庫が結構来てさ。置き場所ないから奥の本棚の上にでも置こうと思って」

「はぁ?そんな重たいもん持つの無理だから」

「運ばなくていいよ。下では支えてくれたらいいから」

「…まぁ別にいいけど」

「悪いね」

本棚の側へ立ち寄ると段ボールが4箱積まれていた。

「ほらさっさとやんな」

「はいはいっと」小柄な割には筋肉があるのか戸永は文庫本が詰まった段ボールを本棚の上へと積んでいく。

「そういや唐座さんは宿題終わらせた?」

「え?なんのやつだっけ」

「ほら、将来の夢と志望校について書けってやつ。」

記憶を遡る。

「…忘れてたっぽいね」

「うん。適当に書く」

「適当かぁ」

三年間、部活をがんばったものの、強い同級生が横にいて、結局最後まで本戦へは行けなかった。力を注いでいた事が才能ないと分かって、エアポケットに落ちた(小説で覚えた例え)感じだ。

うちの学生が進む進路は大体3つあって、少し離れた私立(金がないうちじゃ無理だ)、今とそこまで距離は変わらない公立、それ以外と言ったところか。

そろそろ受験勉強も始めないといけないが、なかなか気合が入らない。

「戸永は?」

「ん?」

「何て書くの」

「ふふ。教えないよ」

別に知りたくねーし、と言うそばから戸永は脚立から降りた。

「ありがとう」

「別にいいけど」

「ついでだし、脚立も一緒に持ってってよ」

こーなりゃどこまでも付き合ってやるよと思い脚立の後ろ側を持つ。カウンターの後ろのドアの鍵を開けると暗く埃っぽい部屋が見える。どうやら準備室らしい。本やプリントや備品が平積みになってある。

「じゃ、もう図書室閉めるから。またね」

そのままに追い出される。マイペースなやつ。



部活のミーティングが終わり、もう一度図書室への階段を上がり、2階の教室へ上がる。「微笑みの国」のソロが聴こえてくる。さすがに曲名も覚えた。


「莉央」

「お、遥」私の名前だ。莉央はトランペットを片手に練習に励んでいたようだった。

「いい感じ?トランペット」

「サックスだってば」

サックスだった。

「早く帰ろ。もう一人だけじゃん」

「んー、もうちょっと。終業時間ギリまでやらせて」

吹奏楽は確か2月にも大会があるらしかった。2月なんていよいよ追い込みをかけなければいけない時期だが、莉央は悠々としている。いいなぁ。何か一個目指すものがある人は。


冬の風のにおいがする街路樹を歩く。

「そんでそん時にさぁ…」話題を引っ張るのは常に私だった。莉央は毎日さりげなくでも確実に返してくれている。卓球ならものすごいラリーの繰り返しだ。

高校は通勤は何になるんだろうか。電車だったら寒くなくて便利だけどやっぱり痴漢とか出るんだろうか。おっそろしい世の中だ。


「あれ、あそこ…」

コンビニ前のゴミ箱に軽く腰掛けた男がいた。浦辺だ。

「おいっすおいっす」

「何お前。待ってたの?だっる」

「いやいや、本当の偶然なのよ」

「行こう莉央、こいつ変質者だから」

莉央もぽかんとした顔だ。

「あれ?遥と浦辺くんって仲良かったっけ」

「違う違う。普通にストーカーと被害者」

「照れてんのかお前。かわいいな」

「唐座さーん」

また呼ばれた。鬱陶しいな、と振り返ると、今度は戸永と、その横におばさんが立っていた。

「お、戸永」

「今日はありがとね」

「う、うん」

横のおばさんを見る。

「戸永の母です。今日は息子がお世話になったみたいで」

「あ、いえいえ、とんでもない」

「今後とも仲良くしてやってください。じゃ」

「また学校でね」

戸永は挨拶しおわった後、車に乗り行ってしまった。

「なんだあいつ。マザコンか?」

浦辺が言う。

私はおばさんの視線を思い出していた。言葉遣いは丁寧だったけど、言い方と表情はきつい感じがした。

街路樹と冬の風のにおいが三人の間を通り過ぎていった。

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