本と鍵の季節 微糖

@Talkstand_bungeibu

一時間目 体育 卓球でレット(やり直し)になるのはどんな場合か

ラケットの剥がれたラバーのびらびらの所をぱたぱたさせて遊んでいた。

ぱたぱた。

ぱたぱた。

部活が終わる時間まではあと30分。

この30分が長い。

中3にもなると部活に熱も入らない。しかも12月。私の卓球ライフは予選のレギュラーにも残らず、大会の応援で終わった。

もっと弱い学校ならゆるーくやってるんだろうなー。と考える。部活帰りにコンビニで話している他の学校の生徒を見た時は特に。うちは顧問が部活命、顧問は厳しいったらない。

カツカツカツ。

体育倉庫に聞き馴染みがある靴の音が響く。

私はあわててびろびろのラケットを床に置き体育座りでうつむく。

「唐坐ぁ、何してる」

卓球顧問の広尾だ。体育教師でもないくせに部活への熱が部員よりもある。

「いやちょっと…」

私の前世はインパラに違いない。捕食者を見つけた時の反応の速さが物凄い。

「どした、体調悪いんか」

それか擬態が得意な動物。虫か?うける。

「そうっぽいすね…」

「だったら早く保健室いけ。時間もったいないから」

「そうします。すんません…」

そそくさと体育館を出る。

冬場の体育館ほど寒い場所はない。寒いというより痛い。ついでに言うと今の時期はコロナ対策で換気するようになっている。一番辛い時期に中学生活を送ると言ってもいいだろう。


一年生達がプレーをこなす中を抜けていく。

視線を遠目からキャッチした為、しんどそうな演技をしなければならない。

非常にめんどくさい。

オーバー気味に飛んできたピン球を拾い、後ろを向かずに放り投げる。

背中越しがうるさい。プレー中の他の卓に当たったらしくそそくさと立ち去る。

私は逃げ足の速さもインパラ並みなのだ。


渡り廊下から下に生えた樹を見下ろす。

あんまり風景に目がいくタイプじゃないが、桜は普通に好きだ。

理由は特になし。かわいいから。

桜は春に咲くイメージだけど3月にはまだ咲いてないことが多い。

もうあの桜を見れないのかーと思うともったいない感じがする。


微妙な焦げ臭いにおいを感じる。

なんだこれは。

においの方向へと歩みを進める。

教室の中に入る。ベランダだ。

窓からひょいっと顔だけ出すと浦辺がいた。

「うおお」

なんか焦ってる。

「急に出てくんなよ」

なんか金属の棒みたいなのを持ってる。

「なにそれ。メンインブラックの記憶消すやつ?」

「なんだよそれ。アイコスだよアイコス。」

「へー」

「っていうかお前なんで分かったんここ?」

「いや普通にこげてるにおいしたからさ」

「鼻いいんだなお前」

浦辺は一言でいえばイキってる男子だ。クラスの雰囲気に合わせて中学から不良っぽい感じを出しているけど全然様になってない。というか私よりケンカが弱い。ついでに言えば背も低い。あと常時へらへらしてるから舐められてる。

「貸して貸して」

アイコスを取り上げて吸い、冬の空へと煙を吐く。むせる。

「電子タバコ吸うと下痢になるよ。うちのお兄ちゃんも紙巻きに戻してたし」

「女子が下痢とか言うな。女子がタバコ吸うな。」

「見つからんようにね」

立ち去ろうとする。

「どこ行くんだよー」

「ついてくんな」

「部活は?」

「休み。こっち来た事も言わないでよ」

図書室へ向かう。アニメの原作本を3巻まで読んだところだ。読むのが遅いから毎日読まないと間に合わない。図書カードもあったはずだが、一年の夏ぐらいに無くしてしまった。

「図書室かー。俺パス。文字読むと眠くなるんだよね」

誰も来いって言ってないっつの、と思いながら図書室のドアを開ける。


図書委員は戸永だった。

戸永は顔文字で書くと( ◜ᴗ◝)こんな感じの顔だ。

顔が良い方とは言わないが物腰が柔らかくて上品だから女子の間でも人気が高かった。

「お、いらっしゃい」

「店かよ。バイトしてんのかよ」

「似たようなもんだね」

いつも笑ってる。それが人気の理由なんだろうが、私は気に入らなかった。

なにかを守っているために笑っているような気がしたからだ。

「今希望図書まとめてたけど、なんか他でほしい本とかある?」

「いーよ。もうすぐ卒業だし」

「なーんだ」

「戸永はどうなん?なんか面白い本とかあんの?長くなかったら読むけど」

「…特にはないかも」

なんだよそれ。なんか馬鹿にされた気がしたから話を切り上げて本棚へ行き、目当ての本を取って奥の椅子に進む。ここなら誰か入ってきてもばれない。


とりあえず下校まで、優雅に過ごさせてもらうとしよう。

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