「シオギ」と「ユヅキ」

 お兄さん、だれ?

 その時俺は多少混乱はした。どういうことだ? 演技? 何のために?


「え、どうしたの? そういうプレイ?」


 だが、当のふみちゃんはあどけない表情で小首こくびを傾げるばかりだ。


「しーちゃんはね、しーちゃんよ? お兄さん、お姉ちゃんのお友達?」


 一人称がおかしかった。しーちゃん? 話し方がふわふわしてまるで幼児だった。


 ちなみに端からみた状況を描写すると、

 ラブホの一室、真っ裸の30男と、ぽっちゃりの女の子(行為済)で女の子は謎の幼児退行中。


 そう、幼児退行!

 看護師1年目の俺でも、一応精神の授業も居眠りしながら聞いていたし、実習だってこなした。


 ははーん、さては文ちゃん、ショック過ぎて幼児退行起こしたな? もう、お茶目さんめ!


 ――――――って何でじゃーー!! 


 そんな簡単に幼児退行とか起こすか?? お風呂で垢がいっぱい出た事がそんなにショックだった? それともあって初めての男と行為に及んだのが、ほんとはめちゃくちゃ嫌だったとか????


 だが現実として目の前で、彼女は幼児退行をしている。


 よおし待て。こういう時はクールだ。


「ええとね。お兄ちゃんはお姉ちゃんと会ったのは初めてだけど、友達……かな?」


「そうなんだー、うれしいなー、なかよくしてね」


 このあたりはうろ覚えだが、しーちゃんはそんな風に言っていた。


「お、お姉ちゃんはどうしたのかなぁ?」


 なんて、話を合わせていたが、このあたりで察しの良い俺は気づいた。

 あれ、これ二重人格とかいうやつじゃね? と。


 文からは、当時はそんな話は聞いていなかったがそれは正解だった。


「お姉ちゃんはねてるよ。つかれたみたい」

「そ、そうなんだー……ごめんね、お兄ちゃんが無理させたからかなぁ」

「ううん。だいじょうぶ。おねえちゃん、お兄ちゃんのこと嫌いじゃないよ」


 そ、そうなんだ……

 幼児っぽい口調で、だきついてくるしーちゃん。

 俺はとりあえずポンポンすることにした。

 しばらくポンポンしていると、文ちゃんが顔を下げた。


 そして次に顔を上げた時は、


「なんだよ。触んなよ」


 どすの利いた声でポンポンしている手を振り払ったんだ。


「俺はそういうのしないからな。男に触られるとか、吐き気がする」


 目つきは険しかった。じろっと睨みつけた顔が印象的だった。


 アイツの名は『癒月ゆづき

 文ちゃんの裏人格というべき、セーフティ装置。男性格


 そしてさっきまで表に出ていたのは、文の中で最も強く原始的な子供の人格『子萩しおぎ』 通称しーちゃんだ。

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