第5話 夜道に現れた同級生

 冷めぬ熱の中、ドリンクバーへ向かう。

 やはりというか何と言うか、夜桜は目立つ。なんだかジロジロ見られているんだよなあ。


 俺は無難にお茶を。

 夜桜はオレンジジュースを注いでいた。


 席へ戻り、少しすると料理が運ばれてきた。ハンバーグとペペロンチーノだ。



「「いただきますっ」」



 さっそくナイフとフォークを手に取って食事を進めていく。

 俺はまずはハンバーグを。


「――うん、美味い」

「ペペロンチーノも美味しいです」

「格安なのに美味いよな」



 物価上昇を続ける現在、このファミレスだけは企業努力で値段は控えめ。学生にとっては、ありがたい存在だ。


 他愛のない話をしながらも、食事を進め――完食した。



「とても美味しかったです」



 そのタイミングで食後のデザート『パンナコッタ』が届いた。おぉ、本当に真っ白だ。杏仁豆腐っぽい感じなんだな。



「美味しそうだね」

「兄さんも食べてみます?」


「いいのか。分けてもらっても」

「いいですよ」


 夜桜はスプーンでパンナコッタを掬う。それを俺の口元まで運んでくれた。……って、これはつまり“あ~ん”ってこと!?


 こ、公衆の面前でこれはレベルが高すぎる。俺にそんな度胸もなかった。



「……そ、それは恥ずかしいじゃないか」

「これでないと分けてあげません」

「うぅ……」


 俺は悩んだ。

 非常に悩んだ。


 夜桜のせっかくの“あ~ん”だぞ。ここで貰わないとか、一生後悔しそうだ。でも、でも……周囲の目線がッ。


 ――いや、気にしなくていいか。


 夜桜からの“あ~ん”を俺は受け取りたい。望みのままに生きるのが人生ってもんだろうが。



「ど、どうぞ」

「…………分かった」



 覚悟を決めた俺は、夜桜のスプーンに、パンナコッタに口をつけた。



 トロっとした、なめらかな食感が口の中に広がった。……うまっ。

 生クリームをそのまま食べているような、そんな感じだ。



「美味しいですか、兄さん」

「ああ……めちゃくちゃ美味い。パンナコッタをはじめて食べたけど、こんなに美味なんだな。知らなかったよ」


「でしょう~」



 満足気の夜桜は、パンナコッタをゆっくり味わっていた。


 ちょ……間接キス……。


 スプーンを変えなくて良かったのかな。でも、夜桜が幸せそうだし……まあいいか。



 * * *



 お会計を済ませ、店を出た。

 お腹はすっかり膨れたし、小さな幸せも手に入れて大満足だ。


「帰ろうか」

「はい、兄さん」


 歩きだして家を目指そうとしたところ――声を掛けられた。



「やあ、桜吹雪さんだよね。こんなところにいるなんて珍しいね」



 夏が近いっていうのに、パーカーを着た男が夜桜を呼び止めた。なんだ、コイツ。てか、夜桜って『桜吹雪』って苗字だったのか。知らなかったぞ。



「……小桐くんこそ、なんでここに」



 そうか、ヤツの名は『小桐おぎり』というのか――って、夜桜のヤツ、顔見知りなのか。



「誰なんだコイツ」

「兄さん、彼は同じ高校で……同じクラスの男子です」



 夜桜と同じクラス……。なんでそんなヤツがこんな時間帯に……いや、たまたま居合わせたのかもしれないけどさ。



「桜吹雪さん、その人は誰だい?」

「こ、この人は、わたしの兄さんです」

「兄さん? そんな人がいるなんて聞いてないし、知らないよ」


「ご……ごめんなさい。わたしと兄さんはもう帰るので」



 震える手で俺の服を引っ張る夜桜。……なんだか怯えているように見えた。もしかして、小桐と何かあったのかも。


 俺がしっかりしなきゃ。


 兄として。



「行こう、夜桜」

「はい、兄さん」



 安心した顔を俺に向け、ぴったりとくっ付いてくる夜桜。こうされると本当に恋人みたいで……ドキドキする。


 だが、この状況を気に召さないヤツがいた。


 そう、小桐だ。



「きょ、兄妹だからってベタベタしすぎだろ!」



 俺たちの進路を妨害する小桐は、俺を睨む。



「……君、邪魔しないでくれ」

「そもそもお前はなんだよ! お前の存在なんて今まで一度も確認できなかったぞ。突然現れ、桜吹雪さんの隣にいやがって……!」



 どういうことだ。

 なんで俺のことを知っている風に言うんだ。

 いや、違うな。

 夜桜を追っているのか?

 つまり、この小桐ってヤツは……。



「小桐だっけ。悪いけど、夜桜は俺の義理の妹なんだ」

「は!? 義理の妹!? 嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」


「嘘じゃない。正式な手続きを踏んでいるから、役所で確認すれば本当だって分かる」


「……くっ! そんな馬鹿な。桜吹雪さんは彼氏もいたことがない声優だぞ」


「声優? 夜桜が?」


 本人に確認すると、真面目に頷いた。

 高校生で声優さんやってるのかよ。それも知らなかった情報だ。


 まあ、俺は人のあれこれ聞くのは苦手っていうか、避けたいタイプだからな。



「兄さん、ごめんなさい。隠すつもりは……」

「いいんだよ、夜桜。誰にだって秘密のひとつやふたつあるものだからね」

「ありがとうございます、兄さん」


 そっか。夜桜は、道理で可愛い声をしていると思ったんだよな。納得していると、小桐が声を荒げた。



「桜吹雪さん。そんなよく分からない男を兄とか呼んじゃだめだ。君は俺のアイドルなんだから!」


「……」



 小さくうずくまるように、夜桜は俺にしがみつく。すっかり怯えている。……許せん。小桐のヤツ、こんなに夜桜を怯えさせて。



「もう止めろ。これ以上、つきまとうなら通報するぞ」

「なんだと!! お前なんか……お前なんか!! くそおおおおおおお!!」



 なぜか背を向け、逃げていく小桐。

 ……な、なんだったんだ……?

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激甘義妹とのスローライフ 桜井正宗 @hana6hana

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