第3話 嬉しくて、楽しくて
車を出してもらい、ホームセンターまで向かった。
おじさんの車はバンなので荷物が多く積載できる。遠慮なく買っていいと言ってくれたので、俺は夜桜の為にも必要な日用品だとか家具を買っていく。
ホームセンターのビバビバホームへ到着。
「私はここで待っている。二人で行ってこい」
「では、遠慮なく。おじさん、少し待っていてください」
「少しと言わず、ゆっくり買い物するといい」
今どき珍しいキセルを専用ケースから取り出すおじさん。口に咥えて愉快そうに笑う。四十代という年齢の割に渋い趣味が多い。
「分かりました。二人で行ってきますよ」
「助けが必要な場合は電話してくれ」
「ありがとう、おじさん。いつも助けられてばかりで……」
「礼は不要だ。いいから行ってこい」
サムズアップするおじさん。
本当、なんでこんな俺に優しくしてくれるんだか。
夜桜を連れ、ホームセンターへ。
今の夜桜は制服姿なので、余計に目立つな。特に、周囲の男からの視線を浴びている。夜桜ってここまで注目されるのか。
でも、分かる。
彼女の容姿レベルは高すぎるし、正直、俺が横に並んでいいものかと悩むほどだ。けど、妙な優越感もあった。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「……っ!」
夜桜から顔を覗かれて、俺はドキッとした。
「緊張しています?」
「まあね。女の子と一緒に歩くなんて初めてだから」
「そうだったのですね。わたしも初めてです」
それは意外だ。
こんなに可愛いのに彼氏のひとりもいなかったのか。ちょっと、ほっとした。
買い物カゴを手にし、日用コーナーへ向かい――必要な物をどんどん放り込んでいく。
ハンドソープ、ボディソープ……夜桜の使うシャンプーとかコンディショナー。……なるほど、女子はやっぱり高いヤツを使うんだな。
「あとは、ティッシュとかトイレットペーパーも。夜桜は、なにか欲しいのある?」
「えっと……タオルとかバスタオルもいいですか」
「分かった。その辺りも買っておこう」
少し歩くと、ペットコーナーが見えてきた。
犬や猫の鳴き声が聞こえてきた。
……ああ、このビバビバホームってペットの取り扱いもあったな。
夜桜が反応してソワソワしていた。まさか、見たいのか。
「行く?」
「……い、いえ。そのぉ」
「動物好きなんだ?」
「……はい。猫が好きなんです」
「へえ、俺もだよ。いつか猫を飼おうと思っていた。見に行こう」
「で、でも……」
「いいよ。一緒に見よう」
「兄さん……はいっ」
ダイヤモンドのようなキラキラした笑顔を向けられ、俺は心拍数が激しく上昇した。……あぁ、なんか分からないけど幸せ。
正直、俺はずっと緊張しっぱなしだった。
女の子という生物がよく理解できなかったし、どう接していいか分からなかった。でも、不安がらせるわけにもいかないから、俺は必死に冷静を保っていた。
けれど、そんな不安も今吹き飛んだ。
この笑顔に救われたような気さえした。
ペットコーナーへ入ると、それなりに人がいた。
透明なショーケースの中には子犬と子猫がせわしなく動いたり、眠ったりしていた。そんな夜桜は一瞬で目を奪われていた。
……って、なんか震えてる!?
「大丈夫か、夜桜」
「か……」
「か?」
「可愛すぎますっ!! アメショいいですよね、アメショ」
アメリカンショートヘアのことか。そう略すのか。いや、それよりも……ちんまりしていて可愛いなぁ。
お値段は……『25万円』と書かれていた。
――えっと、25万円?
25万円!?!?!?
た、た、高すぎるだろ……。
ペットってそんな高いのかよ。
スマホで軽くしたべたところ、子猫の相場はそんなものらしい。知らなかったぞ、こんな高いなんて。
少し奮発して夜桜にプレゼントしてあげようかなぁとも思ったけど、25万はちょっとなぁ……。
「そ、そうだな。可愛いな」
「欲しい……すっごく欲しいです」
夜桜が更に目を輝かせる。
……そんな目で俺を見てくれるなァ!
さすがに買うのも飼うのも無理だ。
というわけで俺は心を鬼にすることにした。
「夜桜、そろそろ買い物へ戻ろう」
「え……兄さん。もうちょっと見ましょう?」
「ぐっ……。分かった。もう少しだけな」
くそっ、誘導失敗。
だけど、見るだけならタダだ。夜桜が満足するまで待ってやるか。
「あの天使のような寝顔……癒されます」
「そ、そうだな。けど、ペットって大変だろ。責任とかさ」
「大丈夫です。わたし、ペット大好きなので!」
って、なんか飼う前提な雰囲気になってない!?
無理ですよ、夜桜さん。
「そろそろ……」
「兄さん、猫ちゃん」
「だめだ」
「えっ……」
「少し考えたけど、値段がね。それに、今俺たちの方を優先させないと」
「……そう、ですよね。ごめんなさい、わがまま言って」
しょぼんと落ち込む夜桜。そこまで項垂れると、俺もちょっと心が痛いのだが――やっぱり、ペットを飼うとなると色々大変だからな。
仕方ない。今度、おじさんの飼っているサーバルキャットを紹介してやるか。かなりデカいけどな。
「さあ、行こうか。買い物の続きをしないと」
夜桜は諦めてくれた。
……ふぅ、あぶなかった。
危うく25万の買い物をしてしまうところだったぞ。夜桜の表情とか仕草に負けるところだった。
なんとか危機を脱して買い物を続けていく。
* * *
なんだかんだ一時間は買い物をしていたと思う。
かなり買い込んで、おじさんの車に詰め込んだ。
「おかえり、星一。随分買ったな」
「これくらい買っておけば困らないですからね」
「メタルラックも買ったのか」
「スペースを確保しないとですからね。あとテーブルもいくつか」
「よし、じゃあ戻るか」
「お願いします」
おじさんの運転で再び家へ戻った。
辺りはすっかり日暮れ。
土曜日が終わるな。
闇に包まれつつある街並みを眺め、ぼうっとしているとコンテナハウスに到着した。
車から荷物を降ろし、家へ運搬していく。
おじさんと夜桜の力を借りて押し込めていくこと三十分。ようやく作業が終了。だが、これをまた開封したり、保管したりしなきゃならん。
「どうしましょうか、兄さん」
「もう夜になるし、細かい整理は明日にしよう」
「そうですね。わたしも手伝いますから」
「頼むよ」
作業を終え、おじさんは車のリアゲートを閉めた。
「これで終わったな。星一、夜桜ちゃん。私は会社に戻るよ。あとは二人でがんばれ」
「ありがとうございました、おじさん」
「わたしからもお礼を。ありがとうございました」
二人して頭を下げる。
おじさんのおかげで一気に買い物できたからな。それに、ずっとお世話になりっぱなしだ。いつか恩を返したい。
「いいってことさ。星一、夜桜ちゃんを頼んだよ」
「はい、不幸にはさせません。おじさんの期待を裏切らない為にも」
「素晴らしい返答だ。いいか、星一……君には、君にしか出来ない、君だけの才能があるんだ。己をもっと信じてやれ」
車に乗り込むおじさんは、そう背中で語って去っていく。……おじさんには敵わないな。
「――さて、夜桜」
「兄さん、今日はありがとうございました」
「夜桜……」
「買い物するだけなのに、兄さんと一緒にいると……嬉しくて、楽しくて……だから、これからも精一杯がんばりますから、支えさせてください」
必死に訴えかけてくる夜桜の言葉に、俺は心が
俺はずっと、ひとりぼっちだった。ひとりで何とかなると思っていた。今もこれからも、ずっと孤独を感じながら生きていくのだと、そんなビジョンを浮かべていた。
この関係は不安定で、暫定的で、事務的なものだと思った。
それは俺の勘違いだった。
俺も今日はとても楽しかった。
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