第2話 兄さんって呼びますから
「お茶しかないけど、どうぞ」
「ありがとうございます、天満さん。……ところで、珍しい家ですね」
「これはね、コンテナハウスだよ」
「とても素敵です。広いし、こんな快適だなんて思わなかったです」
楽しそうに周囲を見渡す夜桜。
今更ながら女子と二人きりとか……緊張してきた。
「必要な家電とか家具とか揃えたから」
「普通、高校生でここまで無理ですよ」
「そうかな。ていうか、夜桜さんは荷物少なくないか? その手提げカバンだけ……?」
「着替えとか日用品くらいです。あとポケットにスマホとお財布……ほとんど火事で消えてなくなっちゃったので……」
そういえば……そうだった。
俺はウッカリしていた。
いかん。空気が重くなってきたぞ。話題を変えよう。
「そ、そうか。必要なものがあったら言ってくれ」
「いえ、住まわせていただくだけでも、ありがたいので。お金はなるべく自分で稼ぎますから」
「稼ぐって、学生だとバイトも難しいだろ」
「パ、パパ活とか……」
衝撃的な発言に俺は石化した。
女子高生がパパ活!?
ダメダメ! そんな身売りするようなこと、絶対にさせられない。ていうか、犯罪だ!
仮にも義理の妹になるなら尚更だ。だったら、俺が無理をしてでも面倒見る。
「バイトはしなくていい。俺が養ってやる」
「……そんな悪いです」
「いいんだ。おじさん……大舟さんから頼まれた以上、無碍にもできない。おじさんは恩人でもあるから」
「でも……」
「気にするな。女の子ひとりくらいなら余裕さ。俺、この通りコンテナハウスで一人暮らししているんだぜ。金は何とかなる」
俺がそう断言すると、夜桜は涙目になって何度も頭を下げて感謝していた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「その代わり、家事洗濯くらいはしてくれると助かる。……俺、生活能力は高くないから」
「はい、任せてくださいっ」
ずっとひとりだと思っていたけど、俺の人生は今日変わった。この子を迎えると決めた以上、もう見捨てられない。
「さて、コンテナ内を案内しようか」
「お願いします」
「まずは、
「おぉ、キッチンとかは?」
「実はキッチンは無いんだ。基本的に外食でね」
「そうなのですか、お料理ができなくて残念です」
「シンプルな生活が好きなんだ。でも、希望があるなら考えてもいいよ」
「いえ、大丈夫です」
「で、外にあるコンテナが『トレーニングジム』なんだ。あれは俺専用で客人は一切こない。風呂シャワー、ドラム式の洗濯機あり」
「天満さんってトレーニングなされるんですね」
「まあね。俺は健康オタクだからさ。それで事業やってるのもある」
「凄いです。高校生で事業をしているだなんて……社長さんってことですよね」
「ま、まあね」
夜桜から尊敬の眼差しを向けられ、俺は気分が最高だった。女の子からこう見つめらるってこんな幸せな気分になるんだ。知らなかった。
「天満さんって凄い人なんだ」
距離を詰められ、俺は照れて離れた。けど、夜桜はそれでも距離を詰めてきた。
うぅ……女の子特有の良い匂いがするんだよなぁ。
「そ、その夜桜さん」
「呼び捨てでいいですよ」
「だ、だけど」
「わたしも“兄さん”って呼びますから」
に、兄さん……だと!?
俺は一人っ子だったから、凄く新鮮だ。こうして可愛い女の子から“兄さん”と呼ばれるとか……こんなホワホワした気持ちになるんだ。脳が焼けそうになった。
「いいのか、俺なんかが兄で」
「はい。理想の義妹になれるよう、がんばります」
気合の入った表情で夜桜は言った。
そうだな、彼女を迎えると決めた以上は生半可な覚悟ではダメだ。きちんと責任をもってあげなきゃらない。
俺は、仮にも社長なのだから。
* * *
コンテナハウスの案内を終え、俺はこれからどうするべきか考えた。
「夜桜の部屋が欲しいよな」
「わたしのですか? その、床でも構いませんが」
「ダメだ。ちゃんとベッドを用意する。……まあ、ロフトベッドを使って貰うか」
「そんな、悪いです」
「気にするな。俺はソファで寝るし」
「なら、一緒に寝ましょう。それなら寒くありません」
い、一緒にって……大胆な提案だな。
そんな心の準備も出来ていないのだが。
一日目にして添い寝?
気持ちは嬉しいけど、ちょっとなぁ。
「また夜に考えよう。ん~、それか工事してコンテナハウスを二階建てにしようかな」
「そんなこと出来るんです?」
「うん。コンテナハウスを三階建てとか五階建てにしている家族住まいの人とか、金持ちもいるようだよ。ニュースになってた」
ウチのも改造すれば上に積んだり、連結したりできるはず。でも、そうするとコンテナハウスっぽくなっていうかね。この長方形だから、シンプルで美しいんだ。
俺なりのこだわりがあった。
けれど、夜桜を迎えた以上、もっとスペースが欲しいな。
「そんな、わたしのことは気になさらず」
「そうか? まあ、しばらくはこの空間で一緒に過ごそう。その為にも、寝具の買出しだな」
「あ……ありがとう、ございます。兄さん」
「…………っ!」
いきなり呼ばれて、俺は顔が沸騰するくらい熱くなった。激熱だ……。なんだこの感情。ドキドキもバクバクもする。
どうしよう……どうしよう。
いや……落ち着け俺よ。
経営者たるもの、常に冷静でなければ。
「ど、どうかしましたか?」
心配そうに顔を覗いてくる夜桜。あまりに可愛くて、俺は鼓動がF1エンジン並みに加速した。
「いや、ちょっと、ぼうっとしていた」
「大丈夫です?」
「大丈夫だ。それより、出掛けよう」
外に出て熱を冷まそう。そうしないと俺が倒れてしまいそうだ。
まさか、こんなにも動揺してしまうなんて……女の子と一緒にいるって良いものだな。
外出の準備を進めると、扉をノックする音が響いた。
なんだ?
『入るぞー、星一』
ズカズカ入ってきたのは、おじさんだった。相変わらず、なんの前触れもなく現れる。神出鬼没というか、なんというか。
おじさんらしくていいけどね。
「おじさん、せめて連絡くらいしてくださいよ~」
「いやいや、すまんな。ちょっと様子を見に来たんだ」
「様子って、夜桜です?」
「そうだ。彼女をちゃんと迎えたか確認しに来たのだ」
「いきなりでビックリしましたよ。……事情は聞きましたけど」
複雑な感情を露わにしていると、おじさんはニカッと笑い、俺の肩を叩いた。
「いいじゃないか。同じ高校なんだし、彼女はひとりぼっちで頼れる人がいない。希望は星一、お前だけだ」
「いや、おじさんはその希望に含まれないのか?」
「残念ながら、おじさんが女子高生を家に迎えると世間が許さんのだよ。その辺り、日本の警察は優秀でね」
そういう切実な事情があると、おじさんは血の涙を流した。……あ、本当は夜桜と一緒に住みたいんだ。でも、事情があるとはいえ、他人の女子高生と同居なんてリスクが高すぎるよな。
「けどさ、それは俺にも言えることでは?」
「いいや、星一と彼女は“兄妹”だ。正式な手続きもこちらで済ませてあるし、問題ないよ」
「マジかよ。それならいいけど……警察のお世話になるのは勘弁だぞ」
「安心しなさい、その辺りはぬかりない」
「ならいいけど。じゃあ、おじさん、悪いんだけど車出して貰える? 夜桜の寝具とか買ってあげたいんだ」
「分かった。お前に押し付けた責任はあるからな」
本当かなあ。
とにかく、おじさんのおかげで楽に買出しへ行けるな。よし、決まりだ。夜桜に必要なものを買いまくる。
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