激甘義妹とのスローライフ

桜井正宗

第1話 ぼっちの俺、社長になる

てんさん。てんせいいちさんですよね」


 漆黒の髪を揺らし、パチリとした大きな瞳を向ける少女。

 俺の名を優しい声で呼び、微笑む。


 高校三年の春の終わり。

 彼女は――夜桜は俺の家にやって来た。



 ◆



 勉学と健康さえあれば、俺は生きていけると思った。

 それは大きな間違いだった。

 人間は無理をすれば簡単に崩壊する。


 俺は孤独ぼっちだから、それが余計にストレスになっていたのかも。気にしていなかったのにな。


 父も母もいない。

 唯一頼れるのは『おおふね』という親戚のおじさんだけだった。


 おじさんは、俺に最低限の生活をくれた。でも、ずっとは迷惑掛けれないと必死に勉強をしていた。


 けれど、俺は無茶をしすぎた。


 ある日、おじさんは『事業をやらないか?』と誘ってきた。



「事業って、なにをすればいいんだ?」

「星一は健康オタクでもあるんだろ」

「まあ、そうですけど。毎日欠かさずマラソンとかヨガとか、あと腹筋に背筋、腕立てやスクワットも」


「なら、ジムを作ってみないか? 結構需要あるんだぞ」

「ジム? そういえば、ウチの地域ってないよな」

「やるならチャンスだと思うぞ」



 俺は乗り気ではなかった。

 でも、おじさんは失敗しても自分が責任を負うし、資金は任せろと言った。

 おじさんは昔から会社をいくつも経営している凄腕の経営者。


 だから信頼できるし、それならと俺は承諾した。



 大体は、おじさんが処理してくれた。


 俺は、いつのまにかジムを展開して――いつの間にかお金が振り込まれていた。



 ほとんどおじさんが何とかしてしまっていた。俺はたまに現場を回るだけで良かった。社長なんてそんなものだと。

 ドンと構えていりゃいい、ガハハと豪快に笑った。



 それでいいのかよ!!



 半年もすれば、とんでもない額の貯金が貯まってしまっていた。

 ある日、俺は『コンテナハウス』に目をつけた。


 あの長方形がイカしているし、不思議なインスピレーションを得たのだ。

 あのコンテナの中で生活を送る……ちょっと特別感もある。


 俺一人が住むだけなら、十分だろう。


 希望した土地は、高校から距離も近い。コンビニやスーパーも近くて立地も最高。言うことなしの場所だった。




 一ヶ月後。




 更地だった場所に紺色のコンテナハウスが建った。


 ひとつだけでは味気ないので、更に少し奮発してスポーツジムの入ったコンテナを追加しておいた。



「いい質感だなぁ、コンテナハウス。この形、色合い……全てが愛おしい」



 完成した家を前に、俺は胸が高鳴った。

 ひとりだけど、新生活が始まる。


 俺はそうして、任せっきりの事業をしつつ高校生社長として毎日を過ごした。



 だが――。


 六月になって、事態は急変した。



 荷物の整理が落ち着き、快適な環境となりつつあった今日――土曜日の朝。



 チャイムが鳴って俺は首を傾げた。



 今日の来客の予定はなかったはず。

 まあ、おじさんかもな。

 あの人はアポとか関係なしに来るからなぁ。



 少しだるいけど、俺は玄関へ向かった。



 ドアを開けると、そこには制服に身を包む少女が立っていた。

 ……俺と同じ高校?


「あ、あのっ……。天満さんですよね」

「なんで俺の名前を知っている。ていうか、誰」


「わたしは夜桜です。大舟さんに紹介してもらって来たんです」

「え? おじさんから?」


「はい……。天満さんなら養ってってくれるって」


「へ? 養う?」


 この子、なにを言っているんだ!?

 いや、言ったのはおじさんか。

 そういう問題ではない! いったい全体なにが起きた。なんで同じ高校の女子が俺の家に……?



「その、重い話にはなっちゃうんですが……家が火事で全焼してしまって、ひとりぼっちなんです」


「え? 火事で?」


「おじいちゃんと二人で暮らしていたんです。でも、おじいちゃんは……」



 ぶわっと涙目になる少女。


 いきなり重すぎるって!


 そういう事情なら仕方ないけど、おじさんめ……扱いに困って俺に押し付けたな。



「と、とにかく家へ上がって」

「……ありがとうございます」



 リビングに通し、ソファに座らせた。

 夜桜と名乗る少女は上品に腰掛けて、涙を拭った。……ん、なんだか妙に切り替えが早くないか。



「そうか。ひとりぼっちなっちゃったのか」

「はい、頼れる人もいなくて……」

「だからって他人の俺を頼るとかさ。いやぁ、同じ高校だから接点がないわけではないけどさ。でも……」



「……っ」



 涙目になって落ち込む夜桜。

 うっ! これでは俺がいじめているみたいで、罪悪感が。



「泣くなって。とりあえず、話を聞きたいだけだ」

「天満さん。わたし、お料理とかお洗濯とか出来ます」


「悪い。それくらい俺も出来る」


「……うぅ。すごい。

 で、では……マッサージとか! もちろん、えっちな方ですっ」


「んなッ!!」



 なんてこと言うんだ。

 いやぁ、それは魅力大だけど……。


 彼女は顔がアイドルのように可愛いし、制服越しでも分かる巨乳だ。

 手足もスラッとしているし、肌も白くてまぶしい。


 ふとももなんて実に俺好み。


 断る理由ないんだけどね。



「お願いです。このままでは、わたし……わたし、えっちなお店で働くしか……」

「ちょぉ!?」



 女子高生がダメでしょ!!

 いかがわしいお店で働くとか……体を売るとかダメだ。法律に抵触するし、いろんな人に迷惑が掛かる。



「女の身なら……これしかないですよね」

「まて、落ち着け! って、なんでここで脱ぐぅ!?」


 夜桜は俺の目の前でブラウスのボタンを外し始めた。隙間から下着がチラリと見えている……。童貞の俺には刺激強すぎだって!


 まずい……。


 こんな可愛い子と住む?


 俺の身が灰になる未来しか視えてこない。


 あと、間違いが起きる可能性だって……。

 俺は紳士な方だとは思うけど、理性がぶっ飛んだり、万が一があるからなあ。



「ダメ……ですか」

「分かった、分かったから。火事で家がないなら、生活も大変だもんな」

「では……」


「ああ、しばらくは暫定ということでどうだ」

「本当ですか! 嬉しいですっ」


「ただ、寝室はひとつしかないぞ」

「……ひ、ひとつ!? だ、だ、だ、だ、大丈夫です……」



 顔を真っ赤にして震えているぞ。

 という俺も、不覚にも夜のことを考えたら頭が真っ白になった。


 一緒に?

 無理だ。


 ……俺は、ソファで寝るか。



「ところで、俺は君を『夜桜さん』と呼べばいいのか?」

「えっと、わたし学年は二年なんです」


「年下だったのか」

「そうなんですね。じゃあ、お兄ちゃんですね。わたしは義理の妹の扱いでもいいですよ~」



 義理の……妹。

 悪くない響きだな。彼女よりもまだ距離感も掴みやすいし、緊張感も多少は薄れるはず。


 それに、俺は子供の頃に妹が欲しかった。

 密かな願いでもあった。



 あぁ、そうだな。そうしよう。



 この日、俺は『夜桜』を家に迎えた。

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