第4話

「ご子息の愛人を世間に公表するだと? この……馬鹿娘がっ!」


 レオーヌ侯爵は、娘に平手打ちを喰らわせた。

 細くて小柄な体が床に倒れ込む。


「お父様……」


 じんじんと熱を持った頬を押さえながら、父親を見上げるライラ。

 その目には、涙が浮かんでいた。


 自分の屋敷に戻ったライラは、すぐさま両親にトーマスのことを打ち明けた。

 二人とも、公爵夫妻が亡くなったことに胸を痛めていた。

 しかしレベッカの話になると、途端に興味がなさそうな表情に変わる。


 そして、彼女を放っておくわけにはいかないとライラが言った直後、侯爵は娘に手を上げた。


「そんなことをしてみろ。どれだけご子息にご迷惑がかかると思っている!?」

「では、このまま見過ごせと仰るのですか? この国は、愛妾の制度はありません」

「ソルベリア家の使用人は、レベッカ嬢を受け入れているのだろう? だったら、お前も黙っていろ!」

「そんなの……無理です……」


 ライラは俯きながら、絞り出すような声で言い返した。

 愛する夫が、自分以外の女性を愛することなど耐えられない。しかも、それを黙認することなんて……


「いつまでも、駄々を捏ねないで」


 侯爵夫人が、ライラの肩にそっと手を置く。


「あなたがあんまりにもうるさいと、ご子息に愛想を尽かされて、婚約破棄を言い渡されるかもしれないでしょ? あなたはそれでいいかもしれないけど、私たちはとても困るの。せっかく手に入れた公爵家との繋がりを、あなたの利己的な振る舞いで失うわけにはいかないわ」

「…………」


 両親は娘の幸せよりも、人としての正しさよりも、一族の利益を優先した。

 それが貴族という人々なのだろう。ライラは失望しながらも、何とか自分を納得させようとする。


「これ以上、文句を言うようなら一週間ほど地下牢に閉じ込めて、反省させなくてはな」

「……申し訳、ありません」

「ん? 聞こえんぞ」

「申し訳ありませんでした……」


 ライラは立ち上がると、深々と頭を下げた。


「ふん。まったく、面倒な娘を持ったものだ」


 娘が謝罪する姿に、侯爵はフンと鼻を鳴らす。


「よいか。レオーヌ家には、子供がお前しか産まれなかったのだ。ご子息との間に、男児を最低でも二人産むことだけを考えろ」


 そしてその次男に、レオーヌ侯爵家の家督を継がせる。

 ソルベリア公爵家とも、そのような取り決めが成立していた。


「うふふ。楽しみにしているわよ、あなたのウェディングドレス姿」


 侯爵夫人が口角を吊り上げながら、娘の耳元でそう囁く。

 トーマスはあと一月足らずで、十八歳の誕生日を迎えようとしている。それはつまり、二人の結婚式が近づいているということでもあった。

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