第2話

 トーマスが十七歳になって、暫く経った頃だった。

 登城していた公爵が階段から転落してしまった。

 その報せを聞いたライラは、すぐさまソルベリア公爵の屋敷へと駆けつけた。


「ラ、ライラ……」


 トーマスは憔悴しきった表情で、広間のソファーに凭れていた。


「トーマス様、公爵様はご無事なのですか!?」

「…………ううん」


 ライラの問いかけに、力なく首を横に振る。

 そこから先のことは、そばに控えていた執事が教えてくれた。


「階段を下りている最中、突然胸を押さえて転がり落ちてしまったそうです。そして打ちどころか悪かったようで……」

「そうですか……」


 ライラは目を伏せながら、小さな声で相槌を打った。

 つい半年前、公爵夫人も病でこの世を去っている。

 妻を愛していた公爵は暫く塞ぎ込んでいたが、近頃ようやく立ち直れたと聞いていた。

 だが、彼自身も人知れず、病を抱えていたのかもしれない。

 いつも優しくて、気配りのできる方々だった。自分たちもああなりたいと、思えるほどの。


 室内に澱む、重苦しい雰囲気。

 両親の突然の死に落ち込む婚約者に、かける言葉を探している時だった。


「トーマス様!」


 甲高い声とともに、一人の少女が室内に入って来た。

 緩くウェーブのかかったブロンドベージュがふわりと揺れて、甘い香水の香りが漂う。

 少女はライラを押しのけると、トーマスの隣に腰を下ろした。


「レベッカ……来てくれたんだね」


 少女の姿を見て、トーマスの顔に安堵の表情が浮かぶ。


「うん。トーマス様のご両親が亡くなったって聞いて、飛んで来たの!」

「……ありがとう」

「可哀想……でも、落ち込んでばかりじゃダメよ。トーマス様は、これから新しいソルベリア公爵になるんですもの!」


 少女の言葉に、トーマスは目を丸くした。


「僕が……公爵に?」

「だって、トーマス様は一人っ子なんでしょ?」

「そっか……そうだね! 僕はこんなに早くから公爵になれるんだ……!」


 トーマスの瞳に、生気が戻っていく。

 そして頬を緩ませながら、少女の手を握った。


「ありがとう、レベッカ。君の言葉を聞いていたら、何か元気が出て来たよ」

「ふふっ。どういたしまして」

「公爵かぁ……何でもやりたい放題じゃないか!」

「応援してるね、トーマス様!」


 仲睦まじそうな二人に、ライラは困惑していた。

 彼らは、どのような関係なのだろう。

 尋ねるか考えあぐねていると、レベッカがライラを一瞥した。


「いや……っ」


 そして、怯えた表情を作ってトーマスの腕に抱き着いた。


「どうしたんだい?」

「あ、あの子、すごく怖い顔で私を睨んでたの……」

「何だって?」


 レベッカが声を震わせながら訴えると、トーマスの眉間に皺が寄った。


「ライラ、僕の大切な愛人を怖がらせないでくれるかなぁ?」

「……あ、愛人?」


 ライラの頭は真っ白になった。

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