第77話 8年前の真相
僕の父は、現国王の弟で、王子殿下たちとは従兄弟同士なんだ。特に第二王子のエドワード殿下は側室の子で、王宮は彼にとって心地のよい場所ではなかったら、小さい頃はよく僕たちの屋敷に来て、一緒に遊んでた。
ローズは覚えていないだろうけれど、当時、モンソー侯爵はナヴァル王国と大規模な鉱物の貿易取引をしていてね、僕たちと家族ぐるみで交流してた。
あの日、ローズが背中に傷を負った日、僕と弟のルイ、エドワード殿下とローズの4人で、屋敷近くの森の中に作った秘密基地で遊んでいたんだ。
そこに、第一王子派がよこした暗殺者がやってきて、エドワード殿下が襲われた。奴らが殿下の横腹を真剣で切りつけて、とどめを刺そうとしたときに、ローズが殿下を守るように覆いかぶさって。……その時、ローズは背中を切られたんだ。
あっという間の出来事で、僕も弟も助けを呼ぶために叫ぶことしかできなかった。すぐに護衛がかけつけて、暗殺を企んだ首謀者も含めて全員捕まって処刑されたけれど、殿下もローズも毒が塗られた真剣で刺されたから、それは酷い怪我で。2人とも、記憶まで失くしてしまった。
僕の両親は、モンソー侯爵へ何度もローズの近況を訪ねる手紙や人を送ったんだけれど、暗殺者や首謀者は処刑されたのだし、ローズもすっかり回復したからこれ以上は関わらないでほしいと言われてしまって。ついには、連絡を取ることすら拒絶されてしまった。
そもそも、うちの王室と関わらなければローズが傷を負うこともなかったのだから、娘を守る親としては当然の対応だったと思う。呼び名をジョゼフィーヌからローズへと変えるくらい、忘れたい過去なんだと知って、僕らも無理やり、そう納得しようとした。
でも、僕らは――。あの時、何もできなかった自分が、未だに許せない。
「そんな……」
突然の告白に、外界から遮断されたような感覚に陥る。たしかに両親からは、父の外遊先で起きた不幸な事故だとは聞いていたけれど。事故じゃなく、暗殺未遂事件だったなんて――。
8年の時を経て聞かされた事実の重みとその衝撃に、心臓を鷲掴みされたようなショックを受けて、暫く身じろぎできなかった。
フェルディナンの秘密と、8年前の真相を一度に知ることとなり、理由の分からない涙が次々に溢れて、止まらなくなってしまった。アーサーが跪いて、膝の上に置かれたローズの両手を自分の両手で包むように握りしめる。
「ごめん、ごめんなローズ。こんなに苦しめてしまって」
ローズは首を横に振るのが精一杯で、言葉を発することができない。
「――アーサーも、ルイさんも、あの出来事に、ずっと縛られて生きてきたの?」
アーサーが苦しそうに視線を落とす。
「8年間も、ずっと?」
「ローズを守れなかった自分が、許せないんだ」
「みんなまだ、小さな子供だったのよ? そんなふうに思う必要なんて、全然ない」
「ローズの苦しみに比べたら、ずっと小さいよ」
「もしかして、形成外科を目指したのも……私たちのため?」
「・・・・・・うん」
「そんな……。エドワード殿下は? その後、どうなったの?」
「酷い怪我だったけど、一命は取り留めた。実は近々、立太子される予定なんだ。あの時襲われたのも、第一王子殿下よりも王としての資質があったからだと思う」
「記憶は? 戻られたの?」
ないままだ、とアーサーが首を横に振る。
「事件のことを知るのは、時間の問題だと思う。もしかすると、今頃はもう――」
「そう……」
診療所の前には、アーサーの従者がすでに馬車を準備して待ってくれていた。その日はアーサーの厚意に甘えて、フェルディナンの邸宅まで送ってもらうことにした。
「公爵家の別邸でいい?」
「うん、お願い」
「こういう時でも、ちゃんと帰るんだな」
「心配かけちゃうから。わたしね、前に一度、家出をした事があるの」
「家出?」
「そう。フェルディナン様と喧嘩しちゃって。あの時、たくさん心配かけちゃったから、反省したんだ」
「そうか。……今までわざと言わなかったけどさ、ローズ、婚約者殿に女性としてちゃんと大事にされていると思うよ。そうは言っても、やっぱりルイにも会ってほしいけど。さっきのことも、何か事情があるんだと思う。ちゃんと話した方がいい。
――って、ごめん。兄貴風なんか吹かせて」
「ううん。そうする。また改めて、ルイさんのこと聞かせてくれる?」
「もちろん」
「アーサー。本当のことを教えてくれて、どうもありがとう」
アーサーは何も言わず、深く頭を下げた。
その日は新月なのか雲もないのに月明りがなくて、光を失った夜空は、まるで私の心の中みたいに真っ暗だった。
結局その夜、フェルディナンが邸宅へ帰ってくることはなかった。
てっきり、あの母子の家で過ごしているんだろうなんて考えて一人拗ねていたけれど、後日、やっぱり自分は自分のことにしか考えの及ばない子どもなのだと思い知らされた。
まったく預かり知らぬところで、自分たちの運命に大きなうねりが生じていたことなど、この時は知る由もなかった。
翌日、ローズが朝食をとり終わった頃、フェルディナンが帰宅した。なんとなく彼と顔を合わすのが気まずくて、勤務日でもないのに診療所へ向かった。
外来へ顔を出すと、男の子と母親らしき女性が不安そうに椅子にかけて順番を待っていた。緊急搬送があり、日直医はそちらにかかりきりになっているようだったので、受付でカルテを受け取りすぐに親子を処置室へと招き入れた。
「医師のローズです。――ニコラ君ですね。今日はどうされました?」
「あのっ、1時間くらい前に息子が皮の分厚い果物を剥こうとしてナイフで指を切ってしまって。止血はしたんですけど、思ったより傷が深そうで――」
「ちょっと見せてね。あー、これは痛かったね。うん、これは縫った方が回復が早そうです。部分麻酔をしてから処置することにしますね。ニコラ君はあっちで体重を計ろうか」
「息子さんは……満7歳ですね。持病やアレルギーはありますか?」
「――」
「じゃあ、処置をします」
縫合処置を終えて、包帯を巻いていく。
「あっ、先生の包帯の巻き方、お父さんと同じだ」
「本当?」
「うん。僕のお父さん、軍人なんだ。怪我の手当も上手なんだよ?」
「そっか、お父さんすごいね。わたしは軍医なの。だから同じなのかもね。はいっ、終わり」
包帯を巻き終わってから改めてその母子を見たローズは、思わず息が止まりそうになった。昨日フェルディナンと一緒にいた、あの母子だったからだ。3日後に傷の具合をみるから再診するよう告げたけれど、その他にどんな話をしたのかはよく覚えていない。
2階の台所の窓辺に腰を下ろし、中庭の木々を眺める。
今7歳ということは……フェルディナン様の想い人は、もしかするとあの母親なのだろうか。最近になって、想い人である彼女と再会したのかもしれない。
彼女を探すお手伝いを申し出たのは、他ならぬ自分なのに――。鉛を呑んだかのように、心が重たい。
それから3日後、ローズは診療所でニコラの怪我の回復具合を確認していた。その日は、母親は仕事らしく彼が一人でやってきた。
「うん、順調に回復してる。4日後に抜糸するから、その時までは塗り薬を続けてね」
「ローズ先生、ありがとう。これ、お礼にあげる」
そういうと、秋桜の押し花の栞をくれた。
「わー。わたし、秋桜大好きなの。嬉しい。どうもありがとう」
「これね、ボカチカロだけで見られる、珍しいコスモスなんだ」
「ボカチカロって、南の港町の?」
「うん! 自然がいっぱいで海も近くて、すごく綺麗なところなんだよ」
「そっかぁ」
その日、フェルディナンの邸宅に帰宅すると、あの日ぶりにフェルディナンと顔を合わせた。何となく気まずくて挨拶もそこそこに自室へ戻ろうとすると、フェルディナンから今夜レストランで食事をしないかと声を掛けられた。
正直、一緒に食事をする気分ではなかったが、いつになく強引に誘われ、結局、出かけることになった。ターニャが綺麗に髪の毛をセットし、化粧を施してくれ、おしゃれな外出着に袖を通した。
フェルディナンが連れて行ってくれたのは、王都で一番予約が取りづらいと評判のレストランだった。
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