第64話 妹以上

「クレマンスが居なくなって、急に静かになったな」

「そうですね。ずっと一緒に寝てたから、急にベッドに一人で寝るの、変な感じがします」


「完全にローズをペット扱いしてたからな」

「ペットですか? 妹じゃなくて?」


「ローズに抱きついて寝てたじゃないか」

「フェル兄様、よくご存知ですね?」

「……」


(まさか、時々、中扉から様子を伺っていたとは言えんな)


「クレマンス姉様は冷え性だから、私で暖を取ってたみたいです」

「ほら、ペット扱いじゃないか」


「ふふっ。確かにそうですね。……ほんとうに、寂しくなります」

「一人寝が寂しいなら、一緒に寝てやろうか?」


「そういうのは、恋人同士でやるものなのでしょう?」

「ぐっ……」

「でも、フェル兄様が添い寝してくれたのは防犯とか、看護のためでしたもんね」


「……その呼び方なんだか」

「え?」


「そろそろ、勘弁してくれないか?」

「……兄様呼びのことですか?」


「ああ。俺は、ローズの兄になったつもりはない」

「え? じゃあ、どうして『妹だ』なんて」


「照れくさかったんだ。この年まで婚約者がいなかったから、色々と詮索されるのが嫌だったってのもある」

「えっ? あれ、照れ隠しだったんですか?」


「あぁ」

「そんなに照れること?」


「ローズは違うのか?」

「私は今回で7回目ですからね。私の婚約話なんて、怖がって誰も聞いてきませんよ。ここまできたら、ホラーですよ、ホラー」

「くくくっ。ローズはいつも、俺の想定を超えてくるな」


「――それで、私のことは妹みたいな存在ですか?」

「っ、ローズのことは、大事に思ってる。その、妹以上、くらいには――」

「ふふっ。そうですか。それは、嬉しいです」


「……その、ローズはどうなんだ? 俺のこと、兄君たちと同じくらいにしか思ってないんじゃないか?」

「フェルディナン様は兄達とは違いますよ。同じなんかじゃない。全然、ちがう」

「っ、そうなのか? 具体的にどう――」


「あっ、この苺の果実酒。甘くて美味しい」

「……はぁー。ん、ほら。苺のチョコもあるぞ。どちらも、西国の特産だそうだ」

「えっ? もしかしてこれ、リンブルク公爵様からのお土産ですか?」

「ああ」


「もしかして、2人の仲を取り持ったのって、フェル兄様だったんですか?」

「だから、兄じゃないと言ったろう?」

「あ、フェルディナン様だったんですか?」


「コンスタンスから、クレマンスの近況は耳にしてたんだ。あいつは分かりやすいからな、夫君もクレマンスが近々王国に里帰りするだろうと予想していたらしい。暫くしてから、親父宛てに保護を求める手紙が届いたんだ」


「そっかぁ。お迎えが遅かったのは、母国でゆっくりさせてあげたかったからなんですね。……愛されてるんだ、クレマンス姉様」

「そうだな」


「両方揃ってたんだ(乞われて、愛されて、お嫁さんになったのね)。やっぱり羨ましいな」

「ん?」

「いいえ、何でも」


「ローズは誤解してるようだが、私たちの婚約、王命だからと断れずに結んだわけじゃないからな?」

「え? だって、スパイ容疑をかけられた私の監視目的でしょう? 任務以外に何があるんですか?」


「詳しくは言えないが、私が自分で決めた婚約であることに間違いはない。相手がローズだったから――乞うて結んだ縁なんだ」

「ええっ!? そうなんですか? ……私も、今回の婚約だけは自分の意思で決めたんです」


「ふっ。そうか。……だったら、片方はあるじゃないか。結婚するまでに、残りがそろえばいいんだろう?」

「……フェルディナン様。もしかして私たちの会話、盗み聞きしました?」


「っ、漏れ聞こえてきたんだ」

「ふーん。嘘が下手くそですね」


「なっ!?」

「前に言ったでしょう? 私の観察眼、軽く見ないでくださいって。微妙な表情筋の動きで嘘を見抜けるんですから」


「はぁー。すまなかった」

「それで? どうしてそんな真似を?」


「……ローズが心配だったんだ。あいつ初めの頃、ローズに酷い態度を取ってただろう?」

「ぷっ。フェルディナン様、過保護! でも、嬉しい。守ってくれようとしたんですね」


「正直、ローズの父上に共感するのはかなり、極めて、非常に難しいんだが……貴女のことに関しては、気持ちが分かるんだ」

「え? どういう意味ですか?」


(というより、フェルディナン様をもってしても、父様はやりづらい相手なのね)


「見てて危なっかしいんだ。どんなやつの懐にも入ってしまうから。そのくせ、自分の心の内は隠そうとするし。……守る側の立場にもなってみてくれ」

「それは……ご面倒をおかけして、すみません」


「いや、面倒とかじゃないんだが。あぁー、今夜は飲み過ぎたみたいだ。……看護、してくれるんだろう?」

「仕方ないですね。今夜は私が添い寝してあげますよ」

「ん。頼む」


 その日は、2人でフェルディナンのベッドで一緒に眠りについた。

 複雑な婚約の経過だが、片方はあったんだという事実が、ローズの心を温かくした。


(それに……『彼女は、俺のだ』なんて――)


 ローズはフェルディナンの大きな背中に顔をうずめて温めてやりながら、妹気分を満喫するのは今夜で最後にしようと心に決めた。

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