第46話 奥さま気取りなんて、してません!

「――ここが私の執務室だ」


「わー、随分立派なんですね。隣に仮眠室と浴室まで付いてるなんて。それはそうと、ちゃんと寝れてますか?」


「あぁ。同居を始めて間もないのに、すまないな。屋敷での暮らしに不便はないか?」


「はい。皆さまにはとても良くして頂いて、おかげ様で快適に過ごせています」


「そうか。食事も一人でとらせてしまって、悪いな」


「いえ。夕食は毎晩、本邸でご両親と一緒にとらせて頂いていますからご心配なく。お義父様もお義母様も話題が豊富で、楽しく過ごさせてもらっています」


「は? 両親と一緒に食事? そんなの堅苦しいだろう。断っていいんだぞ?」


「え? どうしてですか? お二人との夕食は、私の貴重な癒し時間ですよ?」


「……ならいい」


(あの気難しい両親との食事が癒し時間だと? 変わっているとは思ってたが、やはり普通の令嬢とは違うな。――というより、ローズは俺より両親の方に懐いてないか?)


「失礼します。お茶をお持ち致しました」


「ありがとう。そうだラファエル、紹介しておく。こちらは、私ののモンソー侯爵令嬢だ。ローズ、こちらは秘書官のラファエルだ」


「お初にお目にかかりますラファエル様。ローズと申します」

「え? 婚約者様? 受付の記載から妹さんかと。……これは大変失礼いたしました」


「それから、今後彼女が私を訪ねてきたらここへ直接案内してくれ」

「はい。かしこまりました」


「いただきます。――わぁ、この紅茶、美味しいですね」

「……ローズ。先ほどラファエルが言ってたことだが、受付の名簿に何て書いたんだ?」


「え? ローズ・ドゥ・ヴァンドゥールと書きましたけど?」

「ふっ。……いきなり奥さん気取りか? 気が早いだろ、まったく――」


 フェルディナンが眉毛と口角をニッと上げながら、含み笑いを浮かべる。


「何言ってるんですか? フェル兄様が私のことをだって紹介したから、同じ家名じゃないと不都合かなって気を遣ったんですよ! そもそも、お飾りの婚約者にはなりましたけど、妹役なんて引き受けた覚え、ありません。これって、契約違反ですよね?」


「ぐっ……すまなかった。同期の奴らの誤解は、解いておくから」


「別に構いませんよ。お飾りの婚約者でも妹でも、同じようなものですから」


「いや、それが……ローズ宛ての釣書きが届き始めている」


「えーっ!? 本当ですか? 誰から? 見せてくださいっ。うふふ、ちょっと嬉しいかも」


「ダメだ」


「どうして? 私宛に届いたものでしょう? 良いじゃないですか」


「貴女は私の婚約者なんだ。他の男を紹介するわけにはいかない。それに、私に妹がいないことくらい、調べればすぐ分かることだ。確認もせずに送って来た奴の釣書きなど、見る価値もない」


(自分で私のことを「妹だ」なんて紹介しておいて、よくそんな事言えるわね)


「ふーん。一応、婚約者の自覚はあるんですね」


「なっ。……もしかして、妹だと紹介したこと、怒ってるのか?」


「怒るというよりは、悲しかったです。まぁ、これまでの婚約者のように存在を無視されたり、嫌悪されたりしない分、有難いですけれど」


「……すまなかった」


「いえ。女として見れないというのは、フェル兄様のせいではありませんから」


「いや……俺が全面的に悪い」


「謝罪は受け取ります。だから、見せてください。ね?」


「――それはできない」


「どうして? 良いじゃないですか、見るくらい。別に今すぐどうこうしようだなんて思ってませんから」


「なんだ? もしかして、誰か気になる奴でもいるのか?」


「……気になるというか」

 急にローズの態度がもじもじし始めて、頬がピンク色に染まる。


「誰だ?」


「名前は知らないんですけど、近衛騎士様で――」


「なっ、どんな奴だ? いつ、どこで、どうやって知り合った?」


「フェル兄様には関係ないでしょ? 妹の恋路を邪魔しないでください!」


 妹の恋にヤキモキする兄の気分を味わわせてやろうと思って、わざとはぐらかしてそう答える。


「恋路だと? 自分が何を言ってるのか分かってるのか?」


「フェル兄様に逐一報告する必要なんてないでしょう? そもそも自分には長年の想い人の女性がいるくせに――」


「黙りなさい! ――いいから、私の質問に答えろ」


 フェルディナンに真顔で尋問のように追及され、ローズはついに2年前、社交界デビューのお祝いに白い薔薇を髪に挿してもらったときの話を打ち明けた。

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