第45話 小さなやきもち

 同居を始めて2か月が経とうとする頃、フェルディナンの業務がまた多忙を極めるようになった。屋敷に戻らない日々がもう2週間続いている。ローズは往診で近くに寄るついでに、国防軍を訪れて着替えと差し入れを持っていくことにした。


 受付で、名前と訪問相手、間柄を書くように言われる。


「名前と間柄、どうしようかしら。騎士学校時代の学友の皆さんには妹だと紹介されているものね……」


 迷いつつも「ローズ・ドゥ・ヴァンドゥール」と書いたところで、以前会ったフェルディナンの学友に声をかけられた。


「あれ? フェルディナンの妹さんだよね? こんなところでどうしたの?」

「あ、こんにちは。今日は、着替えを持ってきたんです」


「えっ!? ドゥ・ヴァンドゥール将軍の妹さんでいらっしゃったのですか? 知っておりましたら直ぐにご案内しましたのに」


 受付の奥で事務仕事をしていた女性が立ち上がる。先程は警戒するような目つきで全身を眺められ、なぜかくすりと笑われたのに、妹と知った途端にこの反応だ。


(相変わらずフェルディナン様は女性に人気のようね)


 先程とは打って変わって丁重に対応され恐縮しながら待合室の椅子に腰を掛けていると、あっという間にフェルディナンの妹を一目見ようとやってきた若い軍人たちに囲まれてしまった。


「あっ、そのブローチ! 気に入ってくれたんですね?」


 不意に若い女性から声をかけられた。アステリア王国では今年から女性の騎士を採用し始めた。国防軍でも何人か採用したと聞いている。彼女もそのうちの一人なのだろう。


「はい」

 今日は、フェルディナンが遠征帰りに買ってきてくれたお守りのブローチを付けていたのだが――


「良かった。将軍が妹さんへのお土産を悩んでいたみたいだから、これなんかどうですか? ってお勧めしたんです」


「そうだったのですね。ありがとうございます」


「実は、私もお揃いのを買ってもらったんですよ!」


「そうでしたか」


(やっぱり。こんな可愛いブローチ、フェルディナン様が一人で選んで買ったとは思えないもの……)


 母に教えられた微笑みを貼りつけながら、当たり障りのない対応をしていると、不精髭を蓄えたフェルディナンが顔を出した。


「お前たち……仕事はどうした? こんな所で何をやっている?」


 フェルディナンの不機嫌さを滲ませた太く低い声が響き、ローズを取り囲んでいた軍人たちはあっという間にいなくなってしまった。


「将軍っ! ちょうど妹さんとブローチの話をしていたんです。気に入ってもらえたみたいで良かったですね」


「ブローチ? ……あぁ。――君も早く職場へ戻りなさい」

 その若い女性はフェルディナンに甘えるように「はい」と言ってその場を去った。


(彼女は私と同じくらいの年頃だろうから、フェルディナン様にとっては妹みたいな存在かもしれないけど……同じものを他の女性にもプレゼントするのって、どうなのかしら? たしかに、私たちは恋人っていうわけじゃないけど――)


「ローズ、どうした? 屋敷で何かあったのか?」


「いえ。今日は往診で近くまで来ましたので、着替えと料理長からの差し入れを持ってきたんです」


「そうだったのか、悪いな。――せっかくだから、執務室へ寄っていくか? 」


「いいえ。将軍閣下はお忙しいでしょうし。突然の訪問でしたから、ご迷惑だったでしょう? 今日はこれを渡すのが目的でしたから、わたくしはここで失礼致します」


「……なんだ? その余所余所しい態度は」

「別に……いつも通りだと思いますが?」


「……モンソ―侯爵令嬢」

「え?」


「せっかくお越しいただいたのですから、私の執務室に寄っていきませんか? それに、突然訪問いただいても迷惑だなんて思いませんよ、貴女は私の大切な婚約者なのですから」


「突然、どうされたんですか?」


「別に? ただ貴女の真似をしただけですよ。お分かり頂けましたか? わざとらしく畏まった話し方をされると、貴女の身に何か良からぬことが起こったのではないかと思い心配になります」


「……ごめんなさい」


「分かってくれたなら、いい。――ああ君、執務室まで2人分のお茶を頼む」


「かしこまりました」



「――それで? なんだ? さっきの素っ気無い態度は」

「……このブローチ」


「ああ、さっきの彼女のあれか。私が迷っていたらアドバイスをくれたんだ。彼女はローズと同い年だから、好みも似てるんじゃないかと思って」


「ふーん。……それで、お礼に彼女にも同じのを買ってあげたわけですか」


「は? アドバイスは貰ったが、お礼に買ってやったりはしてないぞ」


「だって――お揃いのを買ってもらったって」


「あぁ、彼女にあれを買ってやったのは私の部下だ。私じゃない。――そんなことで拗ねてたのか?」


「……すみません」

 ローズにしては珍しく、叱られた子犬みたいにうなだれている。


「ふっ。別に謝らなくてもいい」

 フェルディナンはローズの頭にポンッと大きな手をのせると、ふっと口角を上げて笑った。


「――それから、もう待合室へは行くな」

「え?」

「あそこは人の出入りが多い。危険だ」

「国防軍の本部なのに?」

「そういう意味じゃない」

「え? じゃあ、どういう――」

「いいから。今度からは直接、私の執務室へ案内させる」

「? ……分かりました」

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