第39話 この際、ハッキリ言わせていただきます!

――レストランにて。

 ディナーの席上、皆の心配をよそにローズはいつもと変わらない穏やかな微笑みをたたえている。


「じゃあ、まずはシャンパンで乾杯しようか?」

「ちょっとステファン。今日はそういう雰囲気じゃ――」

「誤解は解けたんだよな、フェル? 心配して来たんだって、ローズちゃんにきちんと説明したんだろう?」

「あぁ」


「ローズちゃん、お酒は飲める?」

「はい。あんまり強くはないですが、お酒は好きです」

「ローズは、乾杯だけにしておいた方が良いんじゃないか?」


 酔うとの性格が露出するローズの酒癖を知っているフェルディナンがすぐさまそう諭すが、それを素直に聞くローズではない。


「なんだよフェル、保護者でもあるまいし。ローズちゃんだって成人してるんだから良いじゃないか」



――乾杯から2時間後。

 食事も進み、良い感じにお酒がまわってきたステファンがすでに出来上がっているローズにけしかける。


「ローズちゃん。この際だから、今日フェルの事をどう思ったか正直に言ってしまいなさい」


「ちょっとステファン、やめなさいよ」


「こういう問題は早いうちに本音で話しておいた方が、後々良い関係を築きやすくなるものなんだ」


お義兄様おにいさま……不敬に問うたりしませんか?」


「問わない。フェルにもそんな事、させない。私が保証するから」


「ローズ? お義兄様ってなんだ?」


(いったい、貴女には実兄以外に何人、兄と呼ぶ男がいるんだ? 俺はクリストフや兄貴と横並びか? 解せん……いや、自業自得か。はぁ――)


「俺がローズちゃんにそう呼んでくれと言ったんだ。問題ない」

「兄貴……」


「そうですか。では遠慮なく」

 ローズはぐいっとグラスのお酒を煽ると、静かに真情を吐露し始めた。


「下半身がダラシナイ!」

「ぐっ……」


「私は、貴方が長年一人の女性を想い続けていると聞いて、お飾りの婚約者役を引き受けたんですよっ? 陰で昔の恋人とまだ繋がってたなんて……私の感動を返してくだしゃいっ!」


「だから、昔の話だと言っただろう?」


「は? なんだ? お飾りって。――フェル、ちょっとこっちに来なさい」

「お義兄様! まだ話は終わってましぇん!」

「えっ? あ、はい……どうぞ」


「それにっ! イネスさんからほっぺにチューされたくらいで困惑しちゃって。ああいう場合は、私の肩とか腰を抱きながら、『私の婚約者のローズだ。彼女を大事に思ってるから、もう貴女と2人で会う事はできない』くらい言うのが男でしょう? あまた恋人がいたわりに、恋愛偏差値、低すぎでしょうがっ! それにねっ、将軍だったらあれくらいの悪戯、軽くあしらいなさいよっ!」


「くぅ……」



「ローズちゃん……他には何か、ありますか?」

 なぜか敬語でステファンが尋ねる。


「上から目線で上官ぶる! 私は、あなたの部下になった覚えはありましぇんっ!」

「つぅ……」 

 フェルディナンの顔が屈辱に歪む。


「はははっ。たしかに、フェルの口調は親父そっくりだからな!」



「もしかして……まだあるのかな?」

 もちろん、とローズは力強く頷く。


「はぁ……あまり大きな声では言えましぇんが、フェルディナンは、おむねフェチなんでしゅ」

 

呆れたように婚約者の嗜好を独白するローズだが、無意識のうちにフェルディナンを呼び捨てにしている。


「なっ……はぁ」

フェルディナンがその大きな手を額に当て、俯いたままフリーズする。


「……ん? それは、どういう意味なのかな?」


「フェルディナンの恋人は、おむねが豊かなひとばかりだったでしゅ」


「へぇー。……そうなのか?」

ステファンが残念な弟を見るような目でフェルディナンを一瞥する。



「おい……何処か、褒めるところはないのか?」

「フェル……今夜のお前のどこに褒める要素があるんだよ。なぁ、ローズちゃん?」


「そうでしゅね、んー。……フェルのひきしまったおしりは、しゅき、かな?」

ローズが眠たそうに首をかしげながらそう言う。


「ぐふぉっ」

フェルディナンが盛大にむせる。


「フェル! ――お前、まさかローズちゃんに――」

「見せるわけないだろっ? 断じて、彼女に裸を見せたことはない!」

「……ありましゅよ。ひっこすまえに、わたしのおうちで」

「なっ、フェルっ! お前、何てことを! いったい――」

「違うっ! あれは診察でっ――。ローズ? 紛らわしいことを言うんじゃない!」

「ほんとのことでしゅけど?」

「ねぇっ! 今夜はこのくらいにしておきましょう! ね? もうこんな時間だし、それがいいわ!」


 コンスタンスが機転を利かせて止めてくれたおかげで、ローズはそれ以上の醜態をさらさずに済んだ。



――帰りの馬車の中。

ステファンとコンスタンスは今夜の出来事を振り返っていた。


「ローズちゃんて、飲むと人格変わるタイプだったんだな」

「そうね。ギャップがありすぎて……意外というか、すごく親近感が湧いちゃったわ」

「そうだよな。お酒のコレクション、増やしとくか。今度は我が家うちに招待しよう」

「そうね、そうしましょう。うふふ……可愛い義妹ができて嬉しいわ」

「可愛くて、男勝りな義妹だよな。フェルにあんな顔させる子、初めてだよ」

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