第15話 舞踏会へ招待されましたが贈り物は受取れません

 ティボーからは、婚約関係書類とは別に王宮舞踏会の招待状も手渡された。


「フェルディナン様から預かってまいりました。来月、王宮で開かれる舞踏会に一緒に参加してほしいとのことです」


「えっ!? でも、わたくしたちはまだ正式な婚約を交わしているわけではないのですよ?」


「正確にはそうですが、フェルディナン様はローズお嬢様をエスコートしたいとの意向をお持ちです。ドレスと、それに似合う宝石もお贈りしたいと」


 ローズは、本気で自分と婚約しようとしているフェルディナンが、どんな裏事情を抱えているのか気になって仕方ない。


(そんな相手に贈り物を頂くなんて……。後腐れなく別れるためにも、モノのやりとりはしないのが肝要よね)


「お心遣い、ありがとうございます。せっかくですが、ドレスはコルセットなしで着られる特殊なデザインのものを個別に発注していますので、お気持ちだけ頂いておきます」


「フェルディナン様からは、ローズお嬢様のご要望に合わせたドレスを個別に発注するように申し付かっております。寸法測量のため、後日、装飾店の者を連れてお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「まぁ。細やかなお心遣い恐れいります。実はわたくし、これまで社交というものを殆どやってこなかったものですから、新調したまま袖を通していないドレスがたくさんありまして。もしお気持ちだけ頂くことが却って失礼になるようでしたら、その分の費用を令息様が支持する団体へ寄付して頂けると嬉しく思います」


 ローズに押し切られるような形で、贈り物をする話は立ち消えた。


「ちなみに、令息様の特徴を伺っても?」


「――フェルディナン様とは面識があるのでは?」


「いえ? 今日が初めての顔合せとなる予定でしたが……」


「そうでしたか、2年前のデビュタントでお会いしたような事を伺っていたものですから。大変失礼いたしました。フェルディナン様の身長は190センチメートル程。日焼けした小麦色の肌にダークグレーの髪、コバルトブルーの瞳が特徴ですが、軍隊生活で鍛えられた立派な体躯をされていますから、遠目からでもすぐお分かりになるかと思います」


「そう。……じゃあ、舞踏会ではこの特徴を目印に令息様をお探しすればいいわね」


「いえいえっ!! 当日は、フェルディナン様がご自宅までローズお嬢様をお迎えに参りますので!」


「えっ!? そうなの?」


 エスコート慣れしていないローズならではの反応に、さすがのティボーも驚いたのか、すごい勢いで立ち上がって否定してきた。


 とはいえ、舞踏会が行われる時期はすでに予定がぎっしり入っていて、とてもじゃないが王都の中心部から離れている自宅まで帰って支度をしている時間などない。

 面倒な政権闘争に巻き込まれるのを防ぐために王室と一定の距離を保ち、中立派を貫いている両親の姿勢は、このタウンハウスの位置にも表れている。とにかく王都の中心地から遠いのだ。


(でも……王宮舞踏会なら、クリス兄様も強制参加のはずよね)


「せっかくの申し出は有難いのですが、舞踏会の日は母の生家でもあるプラース公爵家で準備をさせてもらって、叔父と一緒に王宮へ向かおうと思います」 


 プラース公爵家の邸宅は、王都の中心部にあって通学に便利なので、ローズ専用の部屋を用意してもらっているのだ。実際、月に10日程はクリストフの邸宅で寝泊まりしている。


 これにはさすがのティボーも自身の立場でこれ以上出過ぎた申し出はできないようで、「承知致しました」と引き下がってくれた。


「会場への入場は、令息様にエスコートして頂ければと思いますから、入口付近でお待ちしております」


「かしこまりました。――それでは」と立ち上がろうとしたティボーを制し、ローズは悪戯っ子のような笑みを浮かべて身を乗り出す。


「せっかくですから、お菓子を召し上っていきませんか? オストリッチ帝国で今流行しているものなんです」

 

 躊躇しているティボーへ「美味しいので、ぜひ」と畳みかける。


「それでは、遠慮なく。失礼いたします」


 未だ畏まった様子のティボーに、オストリッチ帝国での生活などあれこれ話を聞かせる。自分のことをある程度オープンにしてから、今後はティボーからフェルディナンのことを聞き出す作戦だ。


 ティボーはローズが自分の主人に興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、フェルディナンが小さかった頃の話や、騎士学校を首席で卒業したこと、現在、国防軍で東部地域の統括をしていること、これまで一度も婚約者を持とうとしなかった為、ローズとの婚約を屋敷中の者が歓迎していること、最近は忙しくてあまり屋敷に帰ってこれないことなど、たくさん話を聞かせてくれた。

 時に目を細めながら、時に、誇らしげに。

 フェルディナンが使用人から愛され、信頼されていることが十分に伝わってきた。


 コバルトブルーの瞳と聞いて、2年前、災難に終わったデビュタントを彩ってくれた近衛騎士のことを思い出し少しだけ胸がトクンと波打った。


(あれは誰だったのかしら)


 婚約の話を抜きにしてもティボーとの懇談は、存外に楽しいものであった。

 これはティボーにとっても同様で、彼の中でローズの評価は、これまでフェルディナンが関わってきた数多くの女性達の中で群を抜いて高かった。


 帰りしなにローズに手渡された「お勧めの寄付団体リスト」というメモ書きを眺めながら、優しさと美しさ、そしてしたたかさをも併せ持つローズに、「これはフェルディナン様も苦戦するかもしれないな……」と苦い笑みを僅かに含ませて瞳を細めた。

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