第13話 王命による7回目の婚約って、冗談ですよね?

 18歳の誕生日を迎えた頃、ローズは史上最年少の若さで帝国の医師免許を取得した。


 両親からの思いがけない書簡を受け取ったのは、このまま帝国に留まり医師として働こうとしていた矢先のことだった。


『この度、王命によりヴァンドゥール公爵令息との婚約が調った。1年後の結婚式に先立ち、顔合わせを兼ねた婚約式を執り行うため、至急、帰国するように』



「なにこれ。悪い冗談? ――というか、父様も母様も、私の縁談、まだ諦めていなかったの?」


「今回のはこれまでと違ってなんだろう? とりあえず、無視するわけにはいかないだろうな。ちょうどロゼも卒業したんだし、一度、アステリアへ帰ってみるのもいいんじゃないか?」


「でも……ようやく自活の道筋が立ったのに」


「王国の医学アカデミーへ編入すれば、向こうの医師免許だって1年で取れるだろう? それに、王命ったって、本気でロゼが嫌がったらお前の両親のことだ、何とかしてくれるさ。それに、あそこの家の次男となら面識があるんじゃないか?」


「ううん。ヴァンドゥール公爵家って――名前はもちろん知ってるんだけど、お会いしたことあったかしら? 母様と一緒にあちこちのお茶会に顔を出してたのは5年も前だし、まだ幼かったから、どのお茶会がどこのお宅だったかまでは覚えてないの。あんまり良い想い出もなかったしね、忘れちゃったわ」


「まあ、これまでの婚約者とは毛並みが違うってことだけは確かだな」


「クリス兄様、お相手の方をご存知なの?」


「まあな、軍人だよ。これまでの貴族のお坊ちゃん達とは違って、話は合うんじゃないか? 帰国して会ってみるだけの価値はあると思うけどな」


「とかなんとか言って! 本当は、クリス兄様が私のお守り役から解放されたいだけなんじゃない?」


「あはっ。当たらずとも遠からずだな。俺も25歳だし、そろそろ本気で奥さんを探さないとさ」

 クリストフが頭の後ろで腕を組みながら、悪戯っ子のような微笑みを浮かべてウインクをする。


(確かに、クリス兄様の言うことも一理ある。それに……。不安がないと言えば、嘘になるわね)


 結果としてローズは、夏の始まりとともにアステリア王国へ帰国することにした。


 すぐに王立医学アカデミーの最終学年に編入すると、奇遇なことに、同じ時期にもう一人編入してきた生徒がいた。アーサーという名の、ナヴァル王国から来たその青年は、21歳にしてすでに同国の医師免許と形成外科専門医の認定資格を取得していた。


 驚くことに、アーサーはローズが帝国で知り合ったウィリアム卿の弟だという。ナヴァル王国の外交官であるウィリアム卿とは、叔父のクリストフを通じて知り合ったわけだが、ウィリアム卿は帝国の王族とも交流を持っていたから、彼ら兄弟はナヴァル王国で最高位の貴族令息であろうことが窺えた。

 もっとも、アーサーは己の出自を明かそうとはしなかったし、ローズもまた、敢えて聞こうとはしなかった。


 そんな共通点の多いローズとアーサーが自然と打ち解けるのに、たいして時間はかからなかった。そしてさらに嬉しいことに、アーサーの他にも心を許せる仲間が2人できた。ガルニエ子爵令嬢のクロエと、彼女と恋仲にあるアレクサンドルだ。クロエは良い意味で貴族令嬢らしからぬ性格で、ローズとは出逢ってすぐに意気投合した。クロエの恋人でもあるアレクサンドルは、先祖代々医師の家系という裕福な家で育った、非常に真面目で有能な青年だ。

 4人は、王国語がまだ完璧ではないアーサーを囲んで勉強会をしたり、街のカフェでお茶をしたりして多くの時間を一緒に過ごすようになった。


 医学アカデミーでの専攻は、悩み抜いた結果、同じく軍隊に所属する医師――軍医の道を選ぶことにした。


 軍医を専攻した場合のみ授業料が免除され、加えて少額だが毎月俸給が支給されるからだ。両親の援助で帝国の医学校を卒業し、18歳となり成人した以上、侯爵家から経済的に自立したかったのだ。


 学校には週3日通い、そのうち1日は騎士団の医務室で軍医としての臨地実習を積むことになった。そして週に2日だけだが、外国の医師免許を活用して庶民街の診療所で働き始めた。


 フェルディナンは東部地域を統括する将軍だが、平常時は副将が東部地方に駐屯し、将軍は王都にある国防軍の本部で職務に就くのが慣例となっている。そのため、帰国してすぐ2人は顔合わせをすることになった。

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