第12話 怪我人の手当で今夜は残業です

「それでは、アステリア王国とオストリッチ帝国、両国軍の発展と交流を祝して!」


 フェルディナンはその夜、帝国近衛騎士団の隊員たちと訓練を見学させてもらった王国側の代表者たちとの親睦をかねた食事会に参加していた。


「あれ? リカルド団長、ローズさんは来ないんですか?」


「ああ。お前たちの日頃の緩み切った根性のせいで、あいつは残業だ!」


「……申し訳ない」

 フェルディナンが肩をすくめる。


 実は夕方、どうしてもと乞われてフェルディナン自ら近衛騎士団の隊員へ稽古をつけたのだが、フェルディナンの圧倒的な剣さばきに複数名のけが人が出てしまったのである。

 負傷者たちはローズが実習をしている騎士団の医務室に運ばれ、いまだ手当が行われている。


「いや、将軍はお気になさらず。彼らにとっても、良い薬になりましたよ。それに、こんな野郎ばかりの場所にローズを連れてくるわけにはいきませんからね。ところで如何でしたか、我が騎士団の訓練は」


 リカルドは負傷者が出ようと出まいと、端からローズを酒場へ連れてくるつもりはなかったようだ。


「素晴らしかったです。特にあの体幹を鍛えるトレーニングは、我々も取り入れたいくらいだ」


「将軍にそう言ってもらえるとは、光栄ですよ。ところでクリストフ卿。ローズに剣さばきを教えたのはあなたですか?」


「いえ、私は時々相手をしていたくらいで。彼女に基礎を教えたのは、侯爵家の護衛を務めていた退役軍人です」


「――なるほど。騎士ではなく、軍人でしたか」


「何か気になることでも? たしかにローズの戦術は洗練されているとは言いづらいですが。逆に実戦を想定した打ち合いしかしてこないから、付き合わされる私は毎回、肝を冷やしますよ」


「ははっ! そうでしょうね。それにしても、侯爵令嬢がよりによって軍医の道を選ぶとは……。ご両親の気苦労はいかばかりか」


「両親は未だに大反対ですよ。まあ、守られるだけの存在にはなりたくない、っていうのが彼女の昔からの口癖でしたから」


 リカルドは1年前にアステリア王国の王宮舞踏会に参加した際、茶番劇に付き合わせてしまったくだんの令嬢が軍医見習い生として近衛騎士団の医務室へ配属されてきた時の衝撃を、昨日の出来事のように思い出す。


「たしかに男勝りな面は否めませんね。とはいえ、内面を知れば知るほど、守ってあげたくなるような愛らしい女性なのですが」

 おどけた調子で意味ありげにリカルドが言う。


「公爵!」

 すかさずクリストフが嗜めるようにリカルドを牽制する。


「本当に。今すぐ王国へ連れて帰って、うちで囲いたいぐらいだ」

 本気とも冗談ともつかない顔でフェルディナンが応酬する。


「――彼女は我が国の軍医見習い生です。貴方がたには渡しませんよ?」


「これは失礼。が、彼女の生家は我が公爵家とも縁が深い。私にとっても大切なご令嬢なのでね、お許しいただきたい」



 ――その夜の帰り道、クリストフとフェルディナンは肩を並べて歩いていた。


「ローズのこと、気になるのか?」


「……あんな妹がいたら、家で大事に囲いたくなるだろうな」


「囲いたくなるって、お前なぁ。はー、悪いことは言わないから、ローズはやめとけ」


「社交界の裏話と何か関係あるのか?」


「そうじゃない。あんなクソみたいな偏見はどうでもいいんだ。そうじゃなくて、ローズは男に囲まれて喜ぶような女じゃない。それに……たぶん、あいつには好きな男がいると思う」


「恋人か?」


「いや。13の頃から一緒に暮らしているが、驚くくらい男っ気のない生活だよ。でも、感じるんだよなー。あいつの心が、誰かを想っているって。ま、俺の気のせいかもしれないけどな」


「……」


「だから、ローズはやめとけっ!」

 

 そう言いながらバシバシッとフェルディナンの肩を叩くと、「じゃあな」と言ってクリストフは去っていった。


「好きな男、か……」


 一瞬、リカルドの顔が脳裏をよぎり、フェルディナンは無意識に奥歯をかみしめた。

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