第11話 軍医ですが騎士団の訓練に参加しています
リカルド自らが現れたせいで、場の緊張感がさらに高まる。
大柄な男は初めから模擬刀を振りかざし、どんどん間合いを詰めて女を攻めていく。女の方はというと、特に武器を持つふうでもなく、軽々と刀を避けていくものの、完全に主導権を男に握られている。
男が刀を大きく振り上げ勝負がついたと思った瞬間、女が空を駆けるように男の肩へ飛び掛かかった。すかさず男の逞しい首に右手を巻き付けると、頸動脈にキラリと光る何かを押し付けた。
「そこまで!」
「っち! 今度は何だ?」
「――針か?」
「いや、ガラス片じゃないか?」
あちらこちらでこんな声が聞こえてくる。どうやら、珍しいことではないらしい。
「っふ。……ずいぶん頼もしい見習い生ですね」
「そうでしょう?彼女の動きは、不思議と実戦を経験したことがあるような錯覚を覚えさせるんです」
リカルドがどこか腑に落ちないような様子で、それでいて誇らしげにそう答える。
「あれで……実戦経験がない?」
「ええ。まだ17歳ですから」
「なっ、17歳っ!?」
フェルディナンには、女の方が追い詰められたように見せかけて、わざとタイミングを計って男の間合いに入っていったように見えた。
(あそこまで間合いを詰められておきながら、焦りも見せず自分が仕掛けるタイミングを待っていたというのか? 17歳の騎士でもない少女が、戦略的に?)
「よーし。一旦、休憩!」
「ロゼー! 王都土産だぞ。レオ兄さんからの差し入れだそうだ!」
「クリス兄様! えっ? レオ兄様からのお土産? わー!! ブランジュリーナのお菓子だっ!!」
クリストフの言葉に防具を外し、まだ幼さが残る顔をのぞかせる。お菓子に目を奪われて、フェルディナンの存在に全く気付いていない。
「……クリストフ。さっきのあれ、レオポルド卿の末妹だったのか?」
さっきまでクリストフとアステリア語で話していたかと思えば、今は流暢なオストリッチ語で仲間と会話している。
菓子折りの中身を見て破顔し、手を合わせて喜んでいる様子は年頃の女の子そのものだが――。髪の毛は後ろで無造作に束ねられ、他の騎士に混じって車座になり美味しそうに大口を開けて菓子を食べている姿は、とても貴族令嬢のそれとは思えない。
「ああ。綺麗になっただろう? ちゃんと化粧すれば、かなりの美人だ」
「以前に会ったことあったか?」
「ああ……。ま、分からなくても仕方ないか」
「なんだ、それ?」
「それより、嫁にはやらないからな」
「っふ。保護者面か? お前も年を取ったな」
「まあ、実際に保護者だしな。俺もなかなかだけど、あいつの父親や兄貴達の溺愛ぶりは相当なもんだぞ?」
フェルディナンは目の前でお菓子を頬張っている少女を改めて見つめる。一年前、デビュタントの夜に見かけた彼女と、目の前にいる少女が同一人物であるというのが、にわかには信じられない。
それもそのはずだ。ローズは顔の造形が整っているだけに化粧映えするが、ともすると隙のない冷たい印象を与えてしまう。
が、素顔のローズは片えくぼが印象的な、優しい顔立ちをしているのだ。
「笑うとえくぼが出るんだな……」
「ああ。――っておい、手を出すなよ? マジで義兄に殺される」
「難攻不落のモンソー侯爵か?……なるほど。たしかにそれは……手強いな」
「はっ!? なに、お前本気? 同級生のよしみで教えてやるけど、ロゼとのことを考えるんなら、まずはお前の母上に相談しろ。きっと、社交界の裏話を色々教えてくれるはずだ」
クリストフは意味ありげに右眉を上げてフェルディナンを見やると、ローズに関する話はここまで、といって強引に話題を切り上げた。
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