第10話 1年前に茶番劇を頼んできた青年は上官でした
アステリア王国と東の国境で隣接するオストリッチ帝国とは互いに友好国である。
そのため、両国は定期的に交流会を設け、軍の幹部同士で時事情勢を共有したり、隊員同士の親睦を深めたりしている。
その年、王国国防軍の東部地方を統括する将軍に昇格したフェルディナンは、他の代表者らと共にオストリッチ帝国で開かれている交流会に参加していた。
最終日である今日は、近衛騎士団の訓練の様子を見学することになっている。通訳として、現在アステリア王国の外交官としてオストリッチ帝国に駐在しているクリストフも同行することになった。
フェルディナンとクリストフはともに24歳で、貴族学院の中等部で同級生だったこともあり、気安い関係だ。
「――そういえば、モンソー侯爵家のレオポルド卿から末の妹へ渡してほしいと菓子折りを持たされたんだ。なんでも妹の大好物らしい。この後、帝国医学校の方にも寄れるか?」
「ああ。だったら直接渡してやろう。喜ぶぞ?」
「渡してやるって……ここは近衛兵の練習場だろ?」
「まあ、来れば分かる」
まずは責任者へ挨拶をということで、近衛騎士団の団長を務めるリカルドの執務室へと向かった。
リカルドは25歳という若さですでに近衛部隊を総括する組織のトップに就いている。豪快な野男をイメージしていたが、実際のリカルドは気さくで、そして驚くほど端正な顔立ちをしていた。褐色の肌からは、彼が生粋の帝国人の血を引いていることが窺える。柔らかそうな明るいブラウンの髪の毛に、森のような深い緑色をした瞳は、一見すると軟派な印象を与えるが、そうでないことは彼のこれまでの実績をみれば瞭然である。
口調は軽快だが、由緒あるカストゥーリャ公爵家の当主というだけあり、仕草一つをとっても育ちの良さが滲み出ている。
「歓迎しますよ、ドゥ・ヴァンドゥール将軍。どうぞ我々の訓練の様子を存分に見て行ってやってください。生憎わたしは所用のためここで失礼しますが、セバスチャンに案内をさせますので」
「こちらこそ、貴重な機会を頂き感謝します。セバスチャン殿、どうぞ宜しくお願いしたい」
フェルディナンは通訳のクリストフを介すことなく、流暢な帝国語で会話をする。
「もちろんでございます。それでは、訓練所の方からご案内致します。どうぞこちらへ」
訓練所では、若い騎士たちが2人1組になって模擬刀を用いた稽古をしていた。王族の警護や王宮の警備だけではなく有事には実戦部隊としての任務もこなすため、練習とは思えない緊張感に包まれた雰囲気の中で訓練が行われている。
その中でひときわ異彩を放っている一組がフェルディナンの目に留まった。1人は小柄で細身な体躯をしているが、対する相手は筋骨隆々とした大柄な体をしている。小柄な方は打ち方に規則性がなく、筋力の弱さがとにかく目に付く。すぐに勝負がつくと思いきや、意外なことに大柄な方が押されているように見えた。
「――ん、あれは……女? 貴国には、女性騎士も存在するのですか?」
「たしかに我が国には女性騎士も少なからず存在します。が、彼女は軍医見習い生です」
「軍医?」
「はい。戦争時や災害時に軍隊と行動をともにする医師です。帝国医学校の最終学年になると各自専攻先へ臨地実習に出るんですが、軍医を希望した彼女は今年から近衛騎士団の医務室に配属されているんです。たまにこうして我々の訓練に参加することもあるんですよ」
「騎士じゃないのか」
「酷いでしょう? 技術も何もあったもんじゃない。団長は、実戦になったら逆に彼女みたいに変幻自在な動きをする方が強かったりするって言うんですけど……私は正直、半信半疑です」
「――じゃあ、やらせてみるか?」
「――っ、リカルド団長! もうお戻りになられたのですか?」
「ああ。思ったより早く用事が片付いたからな。よーし! 全員打ち合い止め! これから実戦を想定した戦闘訓練へと切り替える。各自、防具を付けて一つだけ武器を選べ」
「まずは、ローズとホセから!」
「はい!」
「始め!」
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