第7話 婚約者は恋人と一緒に過ごすようです

 そして迎えたデビュタントの日。エスコート役は叔父のクリストフが喜んで引き受けてくれた。

 傷物令嬢、尻軽令嬢、醜悪令嬢。これらは、ローズを揶揄するために付けられた悪意ある名称である。


 モンソー侯爵家は、侯爵の地位とはいえ、諸外国との貿易事業を活発に行っており、どの派閥にも属さない中立派でありながらその莫大な財力を背景にアステリア王国でも強力な影響力を有している。


 侯爵夫人であるフローランスが、外交官を多く輩出しているプラース公爵家の出自であるということも、モンソ―侯爵家の盤石な基盤を後押ししている。


“アステリア海の真珠”とまで謳われるフローランスの娘というだけで社交界の関心を集めるには十分であったが、それに加えてあの悪名高き次女のデビューとあって、夫人達はその姿を一目見ようと不躾な視線を注いでいた。


 そこに現れたのは、フローランスによく似た美丈夫にエスコートされた、凛とした気高い雰囲気を身に纏った純白の大輪の花のような女性であった。

 とても16歳の少女とは思えない程の貫禄。花にたとえるなら、女王という名がふさわしいカサブランカ。

 大人の女性としての知性や精神性を感じさせるローズのたおやかな身のこなしに、会場中の者が目を奪われた。


 デビューを迎えた他の令嬢達がみな、レースやフリルをふんだんに使ったドレスでおとぎ話のお姫様のように可愛らしく着飾り、若さと外面の美しさを競っている中、ローズだけが広がりを抑えた大人っぽいタイトなデザインのドレスを品良く身に付けている。


 一見シンプルなドレスだが、175センチメートルはあろうかという長身のローズにとてもよく似合っていた。


 ローズはどちらかというと父親譲りの顔立ちをしている。均整の取れた美しさは母フローランスにもひけをとらないが、庇護欲をそそるような儚さや線の細さは微塵もない。


 引き締まった健康的な身体には程よい筋肉がつき、鍛えられた体幹のおかげでハイヒールを履いて歩いても姿勢が崩れることはない。


 直線を描く眉の下には、好奇心に縁どられたパープルの瞳が輝き、すーっと通った鼻の下で、ふっくらとしたやや大きめの唇が弧を描いている。化粧をしたローズは、実年齢より3~5歳ほど年上に見える。

 しかし、笑うと現れる右頬の片えくぼが、彼女の素朴な内面を映し出し、それが何ともいえないアンバランスな魅力となって人々を惹きつける。


 周りの不躾な視線など全く意に介さず無事に国王陛下と王妃陛下への謁見を済ませると、胸元に白い薔薇をさしてもらい両親たちの待つ会場へと戻る。

 婚約者がいる以上、ファーストダンスはデヴィッドと踊らなければいけないらしい。


「ローズ嬢、うちの愚息を探してきてくれるかい? おそらく友人達とシガールームにでも行っているんだろう」


「はい。かしこまりました」


 侍女兼護衛役のサラを伴いシガールームへと向かう。


 シガールームには、デヴィッドとその友人らしき男性2人、そして珊瑚色の髪の毛を内巻きにカールした小柄な可愛らしい令嬢がいた。


「そういえばデヴィッド、お前の婚約者、今日が社交界デビューなんだろ? 一緒にいなくて良いのか?」


「えっ!? デヴィッドに婚約者がいたなんて初耳だぞ! 相手はどこの令嬢だ?」


「モンソー侯爵家の次女だろう? 醜聞に耐えられなくて隣国へ留学してるとかっていう噂の」


「モンソー侯爵家!? 名門じゃないか! 玉の輿だな!」


「それで彼女、やっぱりだったのか? お前のことだから、もう相性を試したんだろう?」


「はーっ。俺だって婚約者がいたってこと、昨日まですっかり忘れてたよ。もう何度も婚約を破棄したいって親に言ってるんだ。尻軽だって噂だから、わざと子を産める体か男性医師に診させたんだけど、嫌がりもせず応じたらしい。最悪だよ。しかも、背中に大きな傷跡があるらしい。そんな女、とても抱く気にならないさ」


「そんな不良物件押し付けられて……可哀相なデヴィッド様。わたくしが癒して差し上げます」


「あぁマリー。それじゃあ、この後、北回廊にあるいつもの休憩室で待っていてくれるかい?」


「……でも、宜しいのですか?」


「ああ、婚約破棄する女の社交界デビューになど、はじめから付き合うつもりはないからな。顔だけ出したらすぐに行く。今夜は……たっぷり癒してくれよ?」


「まぁ…デヴィッド様ったら」


 言質は取れたと、後ろに控えていたサラに合図をすると、サラは心得たとばかりに頷き侯爵の元へと戻っていった。


「皆様、歓談中失礼致します。デヴィッド卿、クローデル侯爵がお探しです」


 皆が一斉にローズの方を向き、ひゅっと息を呑む気配がした。


「おいデヴィッド、こんな美人の知り合いがいたのかよ?」


「美しい人。あなたのお名前をお伺いしても?」


「お初にお目にかかります。ブルドゥン伯爵家のマチアス卿、リオンデル伯爵家のエクトル卿、デラメール男爵家のマリー様。ジョゼフィーヌ=ローズ・ドゥ・モンソーでございます」


「!!」


 父親譲りの迫力ある悪人顔で、皆さんのお顔と家名は覚えましてよ、と無言の圧力を加える。


(直前に婚約者とその友人情報を詰め込んでおいて良かったわ)


「デヴィッド卿。侯爵が会場でお待ちです。ちなみに、婚約の解消を熱望されているとのこと。父へ遣いをやり、ただいま書類を用意しております。お望みどおり明日には解消されると思いますわ」


「ソレデハ オゲレツナ ミナサマ、ゴキゲンヨウ」

そうオストリッチ語で言い放ち、その場を後にした。

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