第6話 6人目の婚約者には愛する女性がいました(ローズ16歳)

 当初の思惑通り14歳で帝国医学校に入学したローズは、3年次に進学する年の薔薇が咲き誇る季節に、16歳の誕生日を迎えた。

 16歳はアステリア王国の貴族令嬢が社交界デビューを果たす年である。


 ローズも例にもれず、デビュタントの初舞台となる王家主宰の舞踏会に参加するためアステリア王国へ一時帰国することになった。

 クローデル侯爵家嫡男のデヴィッドとの婚約が結ばれていて、彼との顔合わせも兼ねてという名目であったが、実際には娘に会いたくてたまらない両親が画策したものであった。



 舞踏会の前日、クローデル侯爵家にて両家揃っての顔合わせが行われた。デヴィッドとは過去の婚約者たちと同様、手紙のやり取りをすることもなく、顔を合わせるのも今回が初めてだった。


 両親は久しぶりにローズに会えた喜びで終始ご満悦な様子で、オストリッチ帝国での生活や医学校の様子などをあれこれ聞いてくる。今日が娘にとって6人目となる婚約者との初顔合わせだということには、全く関心がないようだ。


 婚約者のデヴィッドはと言えば、この婚約に酷く納得がいかないらしく、父親であるクローデル侯爵と激しく言い争っている声が、通された客間まで聞こえてくる。


「どうして婚約なんて! 私にはマリーという恋人がいると、何度も申し上げているではないですか!」


「親が決めた婚約に口を出すんじゃない!」


「こんな婚約、僕は絶対認めません。しかも、相手は身持ちも悪く、身体には醜い傷があるというじゃありませんか。そんな相手と結婚だなんて、絶対無理です。どうしてもというならば、婚姻と同時にマリーを愛人に迎えることをお許しください」


「!!――――」


「……父様、母様。デヴィッド卿、かなり荒れていらっしゃいますね。6回目の婚約破棄は時間の問題かと」


「それは当初から織り込み済みだ。これで有力貴族からの婚約の申込みは全て受けたことになるからな。その上で、向こうから婚約の破棄を申し出てきたんだ。これ以上当家が無駄な覇権争いに巻き込まれることはないってわけだ!」


「確信犯というわけですね。それにしても、この年齢で6回の婚約破棄って。娘の幸せをなんだと思っているんですか」


「ローズ。これも、お前のことを心から愛し大切にしてくれる男性を見極めるための試金石だと思ってほしいんだ」


 真に娘を愛する男ならば、婚約破棄の回数や背中の傷など取るに足らない問題だと考えるに違いない、というのが両親の持論だ。


「分かっています。もちろん、こんなことで傷ついたりはいたしません」


 中身が27歳のローズにとって20歳のデヴィッドはあまりにも幼く、心惹かれることはなかった。素直すぎるほどの心無い言葉にも、驚くほど何も感じなかった。若さゆえの衝動的な言動に、彼が直面するであろう近い将来を想い、案じるだけだ。そういうローズの感情の起伏のなさが、可愛げのない女としてさらにデヴィッドを苛立たせたようだった。


 侯爵がどんな風にデヴィッドを言い聞かせたのかは分からないが、その日のうちに婚約の解消を伝えられることはなかった。

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