第5話 婚活戦線が不利な私は医学校へ留学します

 あの日のお茶会以降、表立ってローズの醜聞を耳にすることはなくなった。だからといって、背中の傷が消えてなくなるわけではない。


 社交界デビューを果たす16歳になれば、婚約者探しが本格的に始まる。そうなれば、ご夫人達の悪意などなくても身体に大きな傷があるローズの婚活戦線は、他の令嬢たちに比べて圧倒的に不利になるだろう。


(だとすると、社交界デビューを迎える前に、温めておいておいた人生プランを両親に告げ、医学校へ入学するために動き出すべきかもしれないわね)


 幸い、医学の知識と技術は前世で培ったものが残されている。

 ローズはこの3年間、アステリア王国における医療環境の中でどのような外科手術ができるか、その点に絞って考察を重ねてきた。


 エドモン先生の付き人として手習いのようなことをさせてもらいながら、先生の手腕を間近で観察してきた。自分の身体をケアするために医学の知識を身に付けたいと頼めば、両親も、エドモン先生も、可能な限りのサポートをしてくれた。


 薬やハーブについても、背中の傷の痛みを緩和させる方法を見つけたいと言えば、王都でも知る人ぞ知る、ちょっと風変わりだけれど腕は最高と評判の薬師であるユベール博士を紹介してくれた。彼が営む薬局の半地下にローズ専用の研究室を設けてもらって、日がな一日、薬効の改良に向けた実験を行うこともあった。


 自分の身体を守るためだといえば、事故の前と同じように武術の師をつけてくれた。


 自国の貴族社会に身を置くことに耐えられなくなった場合には、隣国のオストリッチ帝国へ居を移そうと、帝国語の習得にも注力した。


 こうしてローズは、13歳には不相応なほどの医学と薬学、それに外国語の知識、加えて実戦を前提にした武術の技を習得していった。


 そんなある日、オストリッチ帝国に住んでいる叔父のクリストフトフから手紙が届いた。クリストフの手紙には、医療水準の高い帝国で治療を受ければ背中の傷痕も薄くなるかもしれないから、一度こちらに来て診察を受けてはどうか、と書かれていた。


 クリストフはローズの母、フローランスの弟であるが、母とは親子ほど歳が離れているため叔父というよりも感覚的には従兄弟に近い。実際に、クリストフのことはクリス兄様、と呼んでいる。


 ローズより7つ年上のクリストフは、現在20歳である。王国の貴族学院に通っていたが途中でオストリッチ帝国の貴族学院へ編入し、卒業後も外交官として引き続き帝国に住み続けている。


(さすがクリス兄様! きっかけは背中の傷の治療ということにして……医学に興味が出てきたので試しに帝国医学校を受験してみたら受かっちゃったから、しばらく帝国で暮らす、ということにしたらどうかしら?)


 幸い、モンソー侯爵家には4人の子どもがいる。


 長男のフィリップ(23歳)は、王宮の財務室に務めるエリート官僚だ。

 次男のレオポルド(22歳)は、剣の腕に優れ、近衛騎士団で騎士として活躍している。

 長女のアントワネット(21歳)は、母譲りの美貌の持ち主で、3年前にモンパンシェル公爵のもとへ嫁ぎ、現在1児の母となっている。


(これだけ優秀な兄様達に公爵家に嫁いだ姉様がいれば、たとえ私が脱籍しても何も問題はなさそうね)


 こうしてローズは早速両親にクリストフからの提案を受けて隣国へ行きたい旨を告げ、1か月後にはオストリッチ帝国へと旅立った。

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